第838話 リーザの様子がおかしい事に気付きました



 習わしとは別にシェリーの牙を保存する理由として、フェンリルであるからというのもあるらしい。

 レオはさらに特別だけど、フェンリルの牙はそこらの金属よりも硬いらしく、人間より豊富な魔力に触れているため、魔力を帯びていて特殊なんだとか。

 セバスチャンさんが調べた文献の中には、大人のフェンリルの牙を金属に混ぜ合わせる事によって、硬く切れ味の鋭い剣や、特殊な魔法具のような剣が作られた記録があるらしい。

 シェリーはまだ子供なので、その牙が使えるのかはわからないが、そういった理由もあって保管しておこうとなった……クレアは、シェリーの大事な牙を使う事に反対していたけど。


「あ、そうだリーザ。屋敷に戻った後はしばらく俺がいないけど、大丈夫か?」


 シェリーの事はクレア達やレオに任せればいいかと思い、少し心配なリーザに聞く。

 今は屋敷の人達にも馴染んで、特に問題なさそうに見えるけど……出会ってすぐは俺やレオの傍を離れようとしなかったからな。

 レオが一緒にいてくれるけど、俺がいなくても寂しがらないかどうかは気になるところだ。

 大丈夫であって欲しいけど、寂しがられなかったりしても、それはそれで俺の方が寂しく感じそうなきもするが……これが、娘を持つ父親の複雑な心境なんだろうか?


「う、うん……大丈夫。パパがいないのは、ちょっと寂しいけど……ママがいるんだもんね。パパが帰って来るまで、待ってる。一番に、お帰りって言ってあげたいなぁ……」

「そうかぁ、それは嬉しいな。うん、帰って来たらリーザに一番に迎えてもらう事にしよう」

「ワフワフ!」


 リーザは寂しさを我慢しているのか、俯きながらもちゃんと待っていると言ってくれた。

 全然平気と言われるのも辛いが、寂しそうにしているのを見るのも、それはそれで辛いな……けど、こういう時こそ元気づけないとな。

 そう思い、リーザが笑ってお帰りと言ってくれる姿を想像しながら明るく言うと、レオも主張。

 そうだよな……レオがまだ小さかった頃、俺の帰りを待っていつも迎えてくれていたから、お手の物か。


「ははは、もちろんレオにもな。――リーザ、レオと一緒に迎えてくれるか?」

「うん。だ、大丈夫。パパが帰ってくるの、待ってるから……」

「……リーザ?」

「ワフ?」


 笑ってレオを撫でながらお願いし、改めて聞いてみるとリーザから返答はあるんだが……何か様子がおかしい。

 そういえば、部屋に戻って来た時は準備した荷物を見ながら、明日の出発を楽しみにしている様子だったのに、今はそれがなくなっている。

 俺と離れる事が、一瞬で元気がなくなる程寂しい……とかならまだしも、よく見るとそんな雰囲気ではない気がして、リーザを呼んで様子を窺う。

 レオも気付いたようで、首を傾げながら鳴いてリーザを見ている……俯いたままだが、その体は何かを我慢するかのように小刻みに震えているような……?


「な、なんでもない……よ。リーザ、大丈夫だから……」


 俺とレオに心配されていると気付いたのか、リーザが顔を上げて笑って見せるが……その笑い方はいつもの元気は一切なく、無理に作った表情にしか見えない。

 声にも元気がないし、両手はお腹を押さえていて……。


「……まさか、お腹が痛いのか?」

「ううん……痛くない……よ……」


 手を当てているお腹を見て、腹痛かと思って聞いてみるが、再びリーザは堪えている表情で否定。

 いやいやいや、どう見てもお腹が痛くて我慢しているようにしか見えないぞ!

 押さえているのはお腹だから、腹痛で間違いなさそうだが……食べ過ぎ……ではないよな、今日はいつもと変わらないくらいの量を食べていただけだし……。


 ならどうして……もしかして、料理の中に悪くなっていた物があったとか? いや、それならリーザ以外も同じ物を食べているんだから、リーザだけというのもおかしいし、ヘレーナさんが見逃すとは思えない。

 ……リーザの食べた物だけ、偶然悪くなっていたとか? いや、原因を考えるよりもまずリーザを見ないと!


「ワフ、ワフ……」

「えっと……リーザ。嘘や我慢はしなくていいんだ。痛いなら、痛いって言ってくれた方が、俺やレオも安心するから、な?」

「……ほんと? リーザの事、嫌いにならない?」

「もちろんだとも! な、レオ?」

「ワフ!」


 心配そうに鼻先を近付けるレオに続いて、安心させるように声をかけながら、リーザからどういう状態なのかを聞き出すために声をかける。

 さすがに隠し通せないと思ったのか、俺を見上げる目は力なくすがるような感じで、声も弱々しかった。

 リーザの事を嫌う事なんてない、と伝わってくれと大きく頷き、レオも同意して頷く。


「うんとね……リーザ、さっきからお腹が痛いの。パパの言う通り、ずっと我慢してたんだけど……ごめんなさい、大丈夫だから……リーザを嫌わないで……」

「何を言っているんだ! お腹が痛いくらいでリーザを嫌ったりするもんか!」

「ワフ! ワフ!」

「うん……ごめんなさい……」

「あぁいや、リーザを責めているわけじゃないんだ。痛い時やどこかおかしい感じがしたら、気にせず言っていいんだからな?」


 痛いのを我慢せず、俺に訴えたら嫌われてしまうと考えていたのか……もしかしたら、面倒に思われたりするかもなんて思ったのかもしれない。

 以前、スラムで標的にされていた頃は痛いと訴えたりするよりも、何も言わずに我慢していた方が、すぐに叩かれなくなったとも言っていたから、それが関係しているの可能性もあるか。

 ともかく、お腹が痛くなったりした程度でリーザを嫌ったりしないと、レオと一緒に伝えつつ、どうするべきかを考える。


「えっと……えっと……こういう場合は……あ、とにかく横になるんだ。そっちの方が楽だろう?」

「う、うん……」

「ワフゥ……キューン……スピー……」


 リーザの過去はともかく、今は腹痛をどうにかしないと……と焦ってしまい、考えがまとまらない。

 とにかく、横になって安静にした方が、少しは楽になるだろうとベッドへ促す。

 レオも、俺と同じように突然の事で混乱しているらしく、ベッドの横からリーザを覗き込んで鳴いたり、鼻をスピスピさせていた――。



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