第783話 樽を運ぶ役目はフィリップさんでした



「……やっぱり、こういう時俺が……いや、私が持つのですね」


 なんて、屋敷に持って帰る方の樽を抱えたフィリップさんの呟きが聞こえたりもした。

 すみません、できれば身体強化の薬草を渡してあげたいんですけど、持って来ていなかったし、周囲に人が多い所で『雑草栽培』を使うわけにもいかないので……。


「あの、私はここで、カナートおじさんを手伝いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「デリアさん。そうだね、あとはこちらも屋敷に戻るだけだし……手伝ってあげるといいよ。でも、連れ回していた俺が言うのもなんだけど、あまり無理はしないように」

「はい、大丈夫です!……確かにクレア様やレオ様と会って、今日は色々と緊張しっぱなしでしたけど、これくらいは問題ありませんから」


 デリアさんを連れまわすのは、ここで終了……まぁ、他に行く場所も予定にはないし、リーザやレオとも打ち解けたようだから、今日のところはここまででいいかな。

 本人は大丈夫と言っているけど、緊張しっぱなしと言っているように、精神的には疲れているだろうからあまり無理はしないで欲しい。


「それで、リーザに読み書きを教えるという話だけど……すぐには決められないかな?」

「あ……はい、大丈夫です! 私なんかでよければ、リーザちゃんに教えたいと……まぁ、私も頭がいいわけじゃありませんけど。それと……私もタクミ様の薬草畑で働く仕事を頂ければ、嬉しいです」


 リーザへの教師役に関する答えを、まだ聞いていなかったのでついでに聞いておく。

 子供達と遊ばせたり、連れ回したりもしたからまだ決められないかも? とも思ったんだが、デリアさんは決断してくれた。

 俺の一番の目的はリーザに読み書きを覚えてもらう事と、同じ獣人の仲間として近くにいて欲しいだけだから、あまり頭が良くないとかは関係ないので、大丈夫だ。

 というより、今日会ってここまで話していて、特に頭が云々という風には感じなかったし、若干緊張しすぎな感じはあるけど、そこはレオだったりクレアと会ったりしたせいだからな。

 緊張という意味だと、ゲルダさんの方が会った当初は常にガチガチだったかもしれない。


「ははは、そこは俺もあまり変わらないかなー……じゃなくて、大丈夫。読み書きを教える以外は少しずつ他の事を教えるくらいでいいんだから。でも、他にも仕事をやりたいのかい?」

「元々、そのためにタクミ様の所へ来たんですよ? レオ様に合う目的もありましたけど……でも、会えたからといって、働かないというわけではありませんから」

「そうかぁ。それじゃ、何か考えておくよ。そんなに働きたいのかぁ……」

「……あ、でもあまり厳しい仕事は……いえ、やらせて頂きます……」

「いやいや、厳しくし過ぎたりしないようにするから、大丈夫だよ。あははは」


 レオに会うという目的は達成されたけど、それだけで働かなくていいとか考えるデリアさんじゃないようで、読み書きを教える以外にも何かやりたい様子。

 俺の言葉の選び方が悪かったのか、厳しい仕事を割り当てるような風に受け取って、耳と尻尾を垂れさせていたけど、そういう意味じゃなくて感心しただけなんだ。

 リーザの家庭教師があるけど、詰め込むわけでもないし……様子を見ながら他の事をやってもらえばいいかな。

 あと、そうだ……忘れないうちに……。


「これ、宿代……というか、今日色々と付き合ってもらったから。受け取りづらい気持ちはわかるから、リーザやレオの相手をしてくれた手間賃と思ってくれたらいいよ」

「え……っと……はい、わかりました」


 さっき、セバスチャンさんに聞いてこの辺りの平均的な宿賃を聞いて、銅貨数十枚程度だと教えられた。

 そこに少しだけ心づけというか、チップを上乗せして銀貨一枚を取り出し、デリアさんに渡す。

 リーザやレオとも一緒に遊んでくれたし、少し多めに渡す分には問題ない。

 本当に受け取っていいのか迷っているデリアさんだけど、約束した事だし、これくらいは遠慮せず受け取って欲しい……無理して明日村へ帰るとか、疲れを見て見ぬふりで無理して欲しくないからな。


「それじゃ、俺達はこれで。リーザ、レオ、デリアさんに挨拶をしよう?」

「はーい。お姉ちゃん、また遊ぼうね!」

「ワフ!」

「あ、はい! こんな私でよろしければ、また!」


 宿代を渡した後、カナートさんにクレアとセバスチャンさんがニャックの料金を払っている間、少しだけ話して別れを告げる。

 リーザやレオがデリアさんに声をかけた後、クレアやライラさん達も声をかけて店から離れた。

 ちなみに、宿代を貰ったからというわけじゃないが、カナートさんのニャック売りと、明日に片づけを手伝って村へ帰るつもりらしい。

 まぁ、商品のニャックもほとんど売れたし、持って来ていた荷車もあるから、それを一緒に持って帰るんだそうだ。

 無理せずのんびりと帰ると言ってくれたので、お金を渡した甲斐があったみたいだ。



「フィリップさん、お疲れ様です」

「いや~、まさか護衛をするだけのはずが、重い樽を運ぶなんて思いもよりませんでした。まぁ、これも鍛錬だと思う事にしますよ。……これくらいで弱音を吐いたら、旦那様に叱られそうですし」

「ははは、エッケンハルトさんなら、確かにたるんどる! とか言いそうですね」

「いえ、叱られるならまだいい方かもしれません。もしかしたら、またあの厳しい訓練をさせられるかも……」


 ラクトスの街を移動し、預けた馬車を取りに行ったセバスチャンさんを待つ間、樽を置いて肩を回しているフィリップさんに声をかける。

 多少の荷物を持つくらいなら、想定していたのかもしれないけど……さすがに抱える程の樽で食べ物を買うとは、予想できなかっただろうからなぁ。


 あと、以前にも聞いたエッケンハルトさんの厳しい訓練を考えると、フィリップさんの言う通りこれくらいで文句を言っていたらいけないか。

 話には聞いているけど、どれだけ厳しいのか実感はないので、フィリップさんが思い出して体を震わせている気持ちはあまりわからないけど……。

 だからといって、体験してみたいとか興味があるとは言わないように気を付ける。

 ……口に出して、もしエッケンハルトさんの耳に入ったら、喜んで訓練に参加するよう言われそうだしなぁ。



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