第724話 駅馬のためには問題がありました



 宿に寝る方がいいだろうという話で、唐突にクレアからお礼を言われたが、おそらくランジ村から帰る道中、即席で安眠薬草や疲労回復薬草を作って皆に渡した事だろう。

 さすがにそれで帰る時間の短縮ができるわけではないが、疲れがない分余裕が持てるからな。

 ……レオやラーレはともかく、リーザやティルラちゃんやシェリーは、子供特有なのか、薬草を渡すような疲れをほとんど見せなかったけど。


「ですが、費用の面でなんとかなる可能性があっても、やはり少々難しいかもしれません」

「費用以外にも、何か問題が?」

「まず、馬の問題です。各地に置いておけるほどの馬を調達するのに、時間がかかるかもしれません。生き物ですから、馬車のように急いで作ればいいというわけではありませんからね」

「まぁ、それはそうですね」

「でもセバスチャン、他の貴族領から買い取ってという方法も取れるわよ?」

「それも可能ですが、その際には割高になるのは間違いありません。とはいえ、検討の余地はあるかと。――急ぐ必要はありませんが、できるだけ早く、試算をして下さい。駅馬一つにつき、必要な馬の数から雇う人員、そして馬を買い集めた際の費用と宿屋を含めた、予想される収支ですね」

「はいっ」


 馬の数の事を言われると、俺にはどうしようもない……と思っていたら、クレアが広い範囲で買い集める方法を示した。

 距離があるうえ他領であるためか、買うための費用は高くなるみたいだけど、それでも集められるのならなんとかなるのかもしれない。

 すぐに、セバスチャンさんが近くにいた執事に指示を出し、収支などの計算をさせるみたいだ。

 まだこの案を事項するとは決めたわけじゃないのに、すごい行動力だなぁ……いや、どうするか決めるために試算するのか。


 だとしても、ちょっと思い付きで提案しただけでこの動きの速さは、公爵家ならではなのかもしれない。

 なんとなく、エッケンハルトさんが好みそうな動きだしな。

 まぁ、最終的に決定するのは当主様のエッケンハルトさんなんだろうけど、こちらでできる限り考えをまとめておくのは必要か……いわば、企画を通すためのプレゼン準備のようなものだ。

 ……まだ企画段階とも言えるけど。


「と、試算をするのはともかく……タクミ様、もう一つ難しい問題がございます」

「どんな問題でしょう?」

「魔物です。村や街には衛兵がおり、魔物の方もむやみに近付いて来る事は多くないのですが……人里離れた場所に作る事を考えると、魔物から守る術を考えねばなりません」

「公爵家の兵士を配置する事も考えられますが、兵士も有限です。しかも、馬以上に数を増やすのは難しいですからね」

「旦那様に言えば、喜んで兵士の育成を始めそうではありますがな……」

「ははは……マルク君みたいな人間を集めて、兵士訓練を始めそうですよね」

「はぁ……兵士として立派な人物を育てるというのはわかりますが、お父様自らが進んでやらなくても……と思ってしまいます」

「趣味ですからなぁ、こればっかりはなんとも。止めて他の者に任せるようであれば、今も続いておりません。……実際、兵士としても護衛としても申し分ない人物になる事が多いので、結果で示していて強く止める事はできないのです」


 兵士を増やす……とエッケンハルトさんに提案したら、本当に喜々としてやりそうだ。

 中々難儀な趣味を持っている人ではあるけど、そのおかげでこの屋敷にいるフィリップさんを始めとした、頼りになる護衛さんが育っているんだから、強く止められないと言うのはセバスチャンさん。

 公爵領としても国としても、ちゃんと後々ためになる事だから、無理に止められないんだろう。


 まぁ、それはともかくだ……この世界には魔物がいる以上、それに備えておかなきゃいけない。

 さすがに、そこで働く人達に魔物に襲われたら諦めろ、なんて言えるわけがないし雇う以上は守る義務が生じる。

 最低限の自衛はするとしても、魔物と面と向かって戦うために雇うわけじゃないから当然だな。

 うーむ……盗みを働く人とかを警戒するために、日本で言うビルの警備員みたいな人は雇わないとくらいは考えていたけど、本格的に武器を使って戦える人が必要か……難しいな。


「ワフ、ワフワフ!」

「え? レオ……さすがにそれはどうなんだ?」

「タクミさん、レオ様はなんと?」


 俺とクレアとセバスチャンさん、三人で難しい表情になって警備の問題を解決する方法を考えていると、レオが唐突に鳴いて主張した。

 というか、話しに参加できるという事は、ちゃんと俺達は言っている事を聞いていたのか……馬車を曳いて走ったからか、いつもよりソーセージをがっついて食べていたのに。


「えっと、フェンリル達に任せればいいと……」

「フェンリルに……?」

「確かに、フェンリルであれば、そこらの魔物が敵う事はないでしょう。しかし、応じてくれますかな?」

「ワウ、ワフワフー」

「えーと、頼んだらやってくれるだろう、との事です」

「それは、シルバーフェンリルのレオ様だから言える事ですね。ですが、フェンリルですか……既に、森の中でオークを含めた魔物を減らして、人間に害が及ぶ機会を減らすようにお願いしています。これ以上はさすがに……」

「そうですな、クレアお嬢様。――レオ様、大変ありがたい申し出なのですが、フェンリル達に無理をさせるわけにも参りません。できれば、これからより良い関係を築ければと考えておりますので、こちらからお願いするだけというのも……」

「ワフ? ワフワーフ、ガウ!」

「えーっと、ハンバーグをあげたら、喜んで引き受けてくれる! って……レオ、お前が頼むだけじゃなくて、物で釣るのか?」

「ワフワフ、ワウーワフ?」


 美味しい食べ物は、働く理由になるんじゃない? と言っているように鳴く。

 うーん……まぁ、確かに美味しい食事というのは、働く理由の一つとしては妥当だけど……それで本当にフェンリル達が納得するのかどうか。

 レオが言えばそれだけで、絶対的な命令になるだろうから断られる事はないだろうけど、セバスチャンさん達の言うように無理をさせたくはない。

 関係悪化とは言わないが、向こうが嫌な気持ちでやっていたら何かトラブルも起こりそうだからな……いや、馬車を曳くのにフェンリルが使えないかな? とか思っていた俺が考える事じゃなかもしれないけど――。



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