第722話 フェンリル達の見送りをしました



「まぁ、この話はまた後で。そろそろ、フェリー達を森へ帰さないと。また、日が暮れて暗くなったらいけませんから」

「……そうですな。気付けば、結構な長話をしていたようです」

「えぇ、そうね。あ、ありがとうライラ」

「いえ」


 思わず、馬車や道の話に熱中してしまったが、今いる場所は屋敷の外。

 馬車は既に片付けられているが、椅子もなく立ち話だからな……話に夢中になっていたおかげで、クレアは乗り物酔いからは回復しているようだけど、レオやリーザ、ティルラちゃんは退屈でウトウトしているし、フェリー達もずっと待機させているのも悪い。

 まずは森へ帰るフェンリル達を見送って、時間のある時に話をしないとな。

 昨日休んだから、剣の鍛錬をしておきたいのもある。


 ずっと控えていてくれたのか、長話をしていた俺達を気遣って、ライラさんがお茶を持って来てくれていた。

 クレアが受け取り、俺やセバスチャンさんも受けとる……冷めているから、話を中断しないよう待っていてくれたんだろう。

 ありがとうございます、ライラさん。


「では、喉も潤したところで、フェンリル達の見送りですな。タクミ様……先程の話後で必ず」

「もちろん、私も聞きます」

「あ、はい……わかりました」


 俺が思っている以上に、駅馬というのはクレアやセバスチャンさんの興味を引いたようだ。

 まぁ、実際に作るかどうかは別として、一つの案として話しておくのも悪くないから、いいか。

 二人の様子を見る限り、今日の鍛錬ができるか怪しいけど……なんとか時間を作ろうと思う。



「グルゥ。グルルル、グルグルグルルル……」

「えっと、大変お世話になりました。美味しい食事と、シルバーフェンリルと過ごすひと時。そして人間にも我々を歓待してくれるのだと、触れ合いを通して感じる事ができました。だってー」

「私達も、フェンリルと交流ができて、とても楽しく過ごせました。こちらこそありがとうございます」

「ガウ?」

「キュゥ」

「ガウゥ!」

「キャゥ!」


 フェンリル達を森へと見送る段階になって、屋敷の門の前に並ぶ俺達。

 相変わらずというかなんというか、リーザの通訳によるとやたら丁寧だ……クレアとフェリーがお互い頭を下げ合っている光景は、なんというかちょっと面白い。

 別の方では、ティルラちゃんが抱いているシェリーに、フェンとリルルが挨拶しているようだ。

 別れを惜しむというよりは、しっかりやれと言っているような雰囲気だが、今回の事や以前の事を考えると、また食べ物を貰いに来たりするんだろうから、それでいいんだろう。

 何をしっかりやるのかはわからないが……。


「……グルゥ、グルル?」

「ハンバーグは、また食べに来てもいいのでしょうか? って言ってるよ、クレアお姉ちゃん」

「ありがとう、リーザちゃん。――えぇ、いつでも食べにいらしてください。精一杯の歓迎をしますよ」

「本当にハンバーグが気に入ったんだなぁ……レオと同じか」

「ワフ。ワウワウ!」

「あはは、ありがとうな」


 ハンバーグの事が大層気に入ったフェリーは、きっとまた食べに来るだろう……クレアに言われてブンブンと唸る音が聞こえそうなくらい、勢いよく尻尾を振っていた。

 まぁ、危害を加えないのであれば歓迎だし、屋敷の人達もフェンリルとの触れ合いに慣れて来ているから、問題なさそうだ。

 リーザもハンバーグ作りを手伝えて楽しそうだしな。

 レオからは、ハンバーグだけじゃなくて俺が作った物が嬉しくて美味しい! という嬉しい主張をされたので、ガシガシと撫でておいた。


「それでは……またの……どうされたのでしょう?」

「さぁ……?」


 挨拶も終わり、森へ向かおうと体の向きを変えたフェンリル達に、言葉をかけようとしたクレアだけど、お座りしているわけでもなくなぜか真剣な雰囲気になっていて、首を傾げた。

 俺も同じく、急に雰囲気の変わったフェンリル達に、首を傾げる。


「グル?」

「誰か、合図をお願いできますか? だって」

「合図? って事は……また競争でもするのか」

「ワウ、ワフワフ」

「まぁ、確かにさっきは馬車に乗っている人達のために、全力で走れなかったんだろうけどな……」

「では……僭越ながら私が……」

「グルゥ」


 こちらに背を向け、後は森へ向かって走り出すだけというのに、なぜかお互いの顔を見合って真剣な様子……これは、さっき馬車を曳いて走り出す直前と似ている雰囲気だ。

 準備や心構えが済んだのか、顔だけで俺達を振り返り、器用に首を傾げてこちらを窺うフェリー。

 通訳のリーザによると合図をして欲しいみたいだが……やっぱり馬車の時と同じく競争をするためらしい。

 さっきは勝敗が付かなかったから、というようなレオの鳴き声を聞いて、俺達がいたのと荷物になる馬車を曳いていたから全力での勝負ができなかったため、森への帰り道で勝敗をつけようとしているんだと理解。

 ……元気だなぁ。


「……始め!」

「グルゥ!」

「ガウ!」

「ガウゥ!」

「キャウー!」

「ワフ!」

「キィー!」


 セバスチャンさんが進み出て、フェンリル達の斜め前に立ち、手を振り上げて始めという言葉とともに、振り下ろす合図を送る。

 その瞬間、フェリーやフェン、リルルだけでなく、なぜかシェリーやレオ、ラーレまでが大きく吠えた。

 レオ達は走り出すわけじゃないから、声援でも送ったんだろうな。


「きゃっ!」

「うぉ!」

「「ふわぁ!」」


 魔物達が一斉に吠えたと思った瞬間、突風が吹いて声を上げるクレアや俺、ティルラちゃんとリーザ。

 その風が過ぎ去った頃には、すでにフェンリル達の姿は遥か彼方……数秒程度で百メートル以上の距離を移動するなんて、やっぱり馬車を曳いていた時は加減していたんだなぁ。

 というか、一番近くにいたセバスチャンさんは大丈夫だろうか?


「……セバスチャンさん?」

「これまでの事から、なんとなく予想は付いていましたが……もう少し踏ん張っておくべきでした」

「大丈夫、セバスチャン?」

「少々汚れてしまいましたが、大丈夫でございます」


 フェンリル達の体が当たったわけではないだろうけど、セバスチャンさんがいた場所を見てみると、走り去った勢いを正面から受けて、仰向けに倒れている状態だった。

 俺の呼びかけに答えながら、立ち上がって服に着いた埃を落としているのを見るに、怪我とかはなさそうだ。

 合図をする時、両足を閉じて真っ直ぐ立っていたから、風に吹かれて踏ん張りがきかなかったんだろうな……なんとなく同じ事がこの先ありそうだから、足を開いて踏ん張れる状態にするのを覚えておこう――。


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