第720話 クレア達に車の話をしました



 クレアとセバスチャンさんに言った移動時間の短縮は、なんとなくレオ達が馬車を曳くという話になった時、ぼんやりと思いついた事。

 車で高速道路を走ったり、鉄道を使ってほぼ最短距離で移動するといった程ではなくとも、馬より速く移動する手段があれば便利になるかなぁ、と。

 ただ、結局は魔物ではあるが生き物に走ってもらう事になるので、移動の際にはこまめな休憩が必要だし、馬と違って広く使われている手段じゃない……どころかフェンリルがそこらにいるわけもないから、ある程度移動して走るフェンリルを別の元気なフェンリルと交換、なんて事もできない。

 ともあれ、馬車への負担や乗る人への影響を考えると、この案は却下だな……そもそもにフェンリルにそんな事をさせてもいいのかわからない。

 ……レオがやれと言ったら、フェンリル達は従うしかないだろうが、無理矢理やらせるのも違うしな。


「さすがに、馬車を金属で作ったら重いし……フェンリル達に負担がかかり過ぎますからね。まぁ、ふと思いついただけなので、気にしないで下さい」

「いえ、そういった案は、意外と後々に影響を与え得る事もあります。……確かに、金属で馬車を作れば耐久性には優れるでしょうが、重さが問題になります。そういえば、タクミ様が以前住んでいた場所では、鉄の馬車が馬などを用いずに走っているのでしたかな?」

「あぁ、そういえばそんな話もしましたね。けど……俺は詳しくないですよ? 少なくとも作ったりはできません。なんとなく大まかな部分くらいしかわかりません」


 あれはいつだったか……そうだ、小さい方の馬車に俺とクレア、ライラさんの三人で乗った時、狭くて体が密着してしまうため、変に意識しないようにするために話したんだったか。

 車に関して俺が知っている事なんて、燃料を使ってエンジンを動かしてタイヤを回転させている事くらいだ……その仕組みを作れと言われても無理だ。

 あとわかるのは、二輪駆動と四輪駆動の違いだったり、免許を取得する際に勉強した、簡単なメンテナンスとトラブルの対処法くらいかな。

 免許は持っていても車を所持していなかったし、当然運転する事もないから、今ではおぼろげにしかわからないけど……今もう一度試験を受けたら、落ちるだろうなぁ。


「その……金属の馬車というのは、どれくらい速いのでしょう?」

「んーと……どれくらいと言ったらいいのか……」


 時速なんて言ってわかるのかどうか微妙だからな……えーと、日本では法定速度が六十キロで、場所によっては制限がかかる場合もあり、高速道路では百キロを出す事もできる。

 なんて言っても伝わらないだろう……ユートさんならわかるだろうけど。

 とりあえず、あくまで体感としての速度で話をするしかないかな。


「さっき、最初にレオ達が走ったくらい速さが、通常より少し速いくらい……かな? やろうと思えば、もっと速くなるし、それこそ倍以上の速さで走れるかな」


 モータースポーツとか、専用のコースで走るだけあって、高速道路を走る車が遅いと感じるくらいの速度が出ているもんな。


「あれ以上に速いのですか……想像ができません……」

「ははは、まぁ、こちらとはそもそもの条件が違うので、想像できなくても無理はないよ。……あ、ラーレならもしかして?」

「ラーレですか、タクミ様?」

「まぁ、危険なので試す気も起きませんが……ラーレが空から急降下! とかなら、近い速度が出るかもしれません」

「それは……あまり経験したくありませんな……」


 車を知らないのだから、クレアが想像できないのも当然だろうと考えていたら、ふと視界の隅……空の方でラーレが目に入った。

 猛禽類が獲物を狩る際に見せる急降下は、とんでもない速度を出すと何かで見た覚えがあるから、ラーレなら近い速度を出せるかもしれないけど、鞍を付けて体を固定させても危険だから、止めた方がいいだろう。

 ラーレに乗って空を飛んだ経験のあるセバスチャンさんは、想像して身を震わせるようにしていた。


「でも、タクミさん。それだけ速く走るのに、さっきのように揺れたりはしないのですか? いえ、タクミさんは平気そうだったので、もしかしてそういった揺れに慣れているとか?」

「慣れているという程ではないかな。多分、もっと長い距離を移動したら、俺も気分が悪くなったりするだろうから。そうだなぁ……場所によって揺れたりする事もあるけど、馬車みたいには揺れないかな?」

「それ程までに、金属の馬車というのは凄いのですね」

「うーん、金属の馬車がというより、走る道のおかげかな。もちろん、金属の馬車……車って言うんだけど、それにも揺れを軽減する装置はあったかな」


 確か、サスペンション……だっけ? 走行中の車の緩衝装置で、乗っている人間への振動を軽減したり操縦性を安定させる物だったはずだ。

 もちろん、他にもゴムのタイヤだったり、揺れ過ぎないよう考えられて作られている部分はあったんだろうけど、詳しくは知らないから、思い当たるのはそれくらいで、あとは路面の事くらいだ。


「走る道というのは、どういう事でしょう?」


 さっきから、クレアもだけどセバスチャンさんも熱心に俺の話を聞いているな……フェンリルに馬車を曳いて走ってもらうのはまだ決まったわけじゃないのに。

 そういえば、以前車の話をした時も、二人は興味深そうにしてたっけ……。


「そうですね……ここでは、砂利道が多いですよね?」

「はい、ラクトスなどのように、それなりの規模がある街の入り口付近では、石畳となっていますが……街道の多くは砂利道です。馬車や馬、人が行き交う事で平坦な道になっています」

「石畳でもいいんですけど、砂利道だとやっぱり跡が付きやすいので、走る時に安定しないんです」

「えぇ。石畳の上なら、酷い揺れは減りますけど……やはり砂利道だと馬車が揺れるのは、当たり前となりますね。タクミさんの所では、違ったのですか?」


 うーん、アスファルトの事をどう説明したものか……確か接着剤として使われていたとか聞いた事があるけど、あれは天然アスファルトだったか。

 道路の舗装に使われていたような物は、この世界じゃ作られていないだろうしなぁ――。



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