第702話 マルチーズはクレアにも懐いてくれました



「タクミさん、私も抱いてみていいでしょうか?」

「クレアが? うん、構わないよ。えっと、このまま渡せばいいかな?」

「いえ、慣れるためにも、足元から抱き上げたいなと思います」

「わかった。それじゃ……」

「クゥーン……」

「はいはい、少し我慢な? 俺の代わりにクレアが抱いてくれるから」


 前に、俺が抱いている時に手を伸ばし、マルチーズに怒られた事があったからか、抱きたいというクレアは俺からではなく自分で抱き上げたいようだ。

 それならと足元にマルチーズを下ろすと、俺を見上げて甘えるような声……以前のレオを思い出して、また抱いてやりたい気も沸いて来るが、今はクレアの番だからな。

 頭を撫でて声をかけながら、一歩下がってクレアに任せる。


「えっと……」

「まずはしゃがんで、手を伸ばすといいよ。その時、上からじゃなく下から近付けるように注意して?」

「はい……下から、下から……」


 犬は四足歩行で視点が低いから、上から近付いて来る物を警戒する事がある。

 慣れるまでは、頭を撫でようとする時も顎の下から手を近付けて、段々上にあげて撫でてやる……と気を付けてやれば、懐かれるのも早い、と思う。

 人に懐かない犬もいるし、性格にもよるから、絶対ではないけどな……あと小型犬が臆病と思われがちだが、大型犬でも臆病で警戒心の強い犬というのも結構いる、というのは余談か。


 足を曲げてしゃがみ込み、俺の注意を聞いてゆっくりと地面に触れそうな程の下から手を近付ける。

 そこまで下でなくてもいいんだけど……最低鼻よりも下くらいだったら大丈夫だろうに、以前怒られて吠えられた事でクレアの方が警戒してしまっているようだ。

 肝心のマルチーズは、地面に降ろされて俺が離れた事でキョトンとしていたが、今はクレアと向かい合って見上げながら首を傾げている。

 クレアに対しては特に警戒心とか敵愾心のような物はなさそうだ……前の時はあくまで、俺に抱かれて安心しているのを邪魔されたから、吠えてしまったんだろうな。


「ワン? スン……スンスン」


 マルチーズは、近付いて来る手を見てまた首を傾げた後、興味深そうに鼻先を寄せて匂いを嗅いでいるようだ。

 クレアの指先はどんな匂いが……というのは邪な考えすぎるので、空の彼方に打ち上げておく。


「下から、下から……あ、タクミさん、触らせてくれました!」

「えぇ、今なら特に警戒もしていないようだから、抱き上げるのも大丈夫そうだな。でも、いきなりは駄目だよ? 焦らずゆっくり。まずは頭を撫でてみましょう。少しだけそうしたら、今度は両手で前足の脇を持って、持ち上げよう」

「はい。……よしよし。うん、おとなしくしてくれているわね。それじゃ……ん……シェリーより軽いですね」

「小型犬たからね。シェリーよりも小さいし……フェンリルに比べたら、子供ですら中型以上になるかな? こいつは違うけど、大きくなる犬でもフェンリル程大きくはならないよ」

「そうなのですね……うふふ、可愛いわ……レオ様と少し似ているかしら? 毛がふわふわね……」


 ゆっくりと言う俺に従い、マルチーズを驚かせないようにゆっくりと手を動かし、頭を撫でた後に脇を持ち上げて抱く事に成功した。

 臆病とかは関係なく、急に動かしたりすると動物は警戒したり驚いてしまうから、基本はゆっくりだ……人に慣れたら、ある程度は大丈夫なんだけどな。

 ともかく、抱かせてくれたマルチーズを撫でながら微笑むクレアさん。

 ふわふわな毛を気に入ったのか、しきりに撫でてマルチーズの方も喜んでいるような気がする……なんというか、真っ白な犬を抱いて優しく微笑むのは、絵になるなぁ。


「クゥーン……」

「きゃ、うふふ、私にも懐いてくれたのかしら?」

「人の顔を犬が舐めるのは、色んな意味があるらしいけど、大体は好意を伝えるためな事が多いはず」

「そうなのですね。――ありがとう、よろしくね?」

「クゥーン」


 抱き上げられたマルチーズは、クレアの顔に顔を寄せて、甘えるような声を出して何度か舐めた。

 少し驚いた様子のクレアも、シェリーで慣れているのかすぐに微笑んで、優しくマルチーズと会話するように声をかけていた。

 うん、マルチーズにもクレアが優しい人だという事が伝わったようだな、急な動きをせず、ゆっくりと慣らすようにしたのが良かったのかもしれない。

 


「スン……スンスン……」

「キュウ?」

「シェリー、仲良くしなきゃだめよ?」


 あれから、マルチーズを抱いているのが気にいったクレアが、そのまま昼食の席に着きシェリーと対面だ。

 レオの時とは違って突っかかったりはせず、鼻先をシェリーの顔に寄せて匂いを嗅いでいた……ここ数日でお互いの存在を認識はしていたんだろうが、直接対面するのは始めてだ。

 シェリーはマルチーズよりも体が大きいけど、レオと比べたら通常の犬と言える範囲だからな、もしかしたら仲間が来たように感じているのかもしれない。


「スンスン……ハッハッハッハッハ! ワン!」

「キャゥ!? キュゥ……」

「あら、シェリーの事を気に行ったみたいですね? シェリーの方は戸惑っているみたいですけど……」

「ははは、すぐに懐いたみたいだね」


 しばらく匂いを嗅いでいたマルチーズは、何を思ったのかクレアさんの腕から抜け出し、隣の椅子に座っているシェリーの隣にピッタリとくっ付くようにして、体を伏せさせた。

 懐いたのは間違いないだろうが、急に接近されてシェリーの方は戸惑っているようだな、まぁ、警戒しているとかそんな雰囲気じゃないので、邪険にはしないだろう、クレアも仲良くするように言っているから。



「おや、レオ様はどうされたのですか?」

「あぁ、またリーザ達と一緒に穴を掘ってますよ。気に入ったようです」


 昼食後、クレアやセバスチャンさんを交え、ハンネスさんと話しをする事になったが、近くにレオがいないのでハンネスさんが疑問に思ったようだ。

 家の中ならともかく、外だとレオとリーザは俺と一緒にいる事が多いからな。

 昨日の穴掘りの後、後々耕す前に穴を掘り返しておけば少し楽になるかもしれないという話を、何気に聞いていたらしく、リーザと一緒に張り切っていた。

 農地とする際に多少なりとも楽になるのはありがたいけど、調子に乗ってやり過ぎないようにもう一度注意だけはしておいた。

 深く掘り過ぎない事と、穴を掘った後はちゃんと埋める事だな――。



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