第697話 お代わりを要求されてしまいました



「頑張ってあれですか……。閣下? 無理はしなくていいのです。適材適所といいますし、閣下は魔法、直接は私の剣に任せて下さい」

「えー……でもぉ、僕だって刀を使って華麗に戦いたいんだよぉ……」


 ユートさん自身は、刀で戦いたいみたいだけど……レオの前足に止められて、腕を振り回すしかできなかったのを見るとなぁ……エッケンハルトさんも、才能はあまりないような事を言っていたから、ルグレッタさんのような反応になるのは仕方ないのかな。

 シルバーフェンリルには敵わなくとも、ギフトもあって魔法で軍隊を相手にできるくらいなんだから、それで満足したらいいのにと思う。

 俺なんて、直接戦闘に関わって役に立つギフトがあれば、頼り切りにしてしまいそうだ。


「ねぇねぇ、タクミ君。タクミ君もそう思うよね? 男なら剣や刀を振って、格好良く活躍したい! って」

「まぁ、憧れは確かにあるけどね……俺もエッケンハルトさんから剣を習っているし。格好良さじゃなくて、自分の身を守るためだけど」

「あータクミ君は、確かに自分の身を守る手段があった方がいいよね。レオちゃんがいるから、多少の事はなんとでもなるけど」

「レオ様がいらっしゃるというだけで、手を出すのは馬鹿者しかいないのではと、私は思いますが……引き入れようと思う者はいるでしょう。それも、無理矢理に」

「そうだねぇ。しかもそういう奴に限って、レオちゃんにバレないようにタクミ君だけを連れ出すんだ。邪魔がいない場所で話したいとか言ってね。ほいほいついて行ったら、手練れが潜んでて襲われたりとかありそうだよね。駄目だよ、知らない人について行っちゃ?」

「子供に諭すように言わないで……そういう時に少しでも抵抗したり、助けを呼ぶ時間を稼ぐために、剣を習っているんだけど。とにかく、気を付けるようにするよ」


 できるだけ、レオと離れ過ぎないように気を付けよう。

 さすがに、お菓子に連れられてついて行く……なんて事はないが、それでも言葉巧みにという事だって考えられるからな。

 レオがついて来るのが無理な場合でも、フィリップさん達のような護衛さんと一緒に行動すれば、ある程度は安全だろうけど。

 クレアのようにシェリーがいれば、どこでも一緒に連れて行けるんだろうけどなぁ……まぁそれも、シェリーが大きく成長するまでの間だけど。

 フェンやリルルのように成長するんだろうから、今のうちだけか。


 ちなみにだけど、例の印籠を見せる元副将軍様も、自分で戦う事はほとんどなく、お供が大立ち回りをする事が多いと伝えたら、自分で刀を使ってどうにかというのは諦めた様子だった。

 目礼でルグレッタさんにお礼をされたが、趣味云々ではなく、単純に苦労していそうだなぁ……と感じてしまった……これまでの視線や言動を察するに、その苦労もルグレッタさんは望んでいる部分がありそうだけども。

 まぁ、その後にお供を誰にするかと考え始めて、エッケンハルトさんや俺もなんて言われたけど、辞退しておいた。

 エッケンハルトさんは面白そうで話に乗りそうだけど、当主としての仕事があるうえ、セバスチャンやクレアに止められるだろうし、俺は俺で薬草畑の事があるからな……ちょっと楽しそうだと思った俺は、きっとエッケンハルトさん達に影響されているのかもしれないけど。


「ワフワフ!」

「ん……レオどうした……? って」


 ユートさんやルグレッタさんと話していると、レオが鳴いて自己主張。

 どうしたんだと振り返ると、ハンバーグの乗っていた大きなお皿を咥えて、期待するような目で俺を真っ直ぐ見つめていた……尻尾も振られているし、左前足を上げている……おかわりか。

 ちなみにクレアとエッケンハルトさん、セバスチャンさん達は俺の案を足掛かりにラクトスの治安維持に関する話をしているようだ。

 アンネさんは、ティルラちゃんと一緒にシェリーやラーレを撫でてご満悦の表情だな……もうダイエットについて考えなくていいんだろうか?


「お代わりが欲しいんだろうけど……さすがにもうないぞ? 皆の分を用意するのも大変だったんだから……」

「ワフゥ……ワフ! キューン……キューン……」

「お腹を見せられてもなぁ……」

「ははは! シルバーフェンリルが、こんな行動をするなんて驚きだよね! まぁ、事情は聞いているから、むしろ納得なんだけど」

「閣下に対する事よりも、この村での事は驚きの連続です……」


 お代わりを要求するレオに対し、もうハンバーグは残っていないと言うと何を考えたのか……お皿を割らないようにゆっくりとテーブルに置いた後、地面に転がってお腹を見せ、甘えるような声を出しておねだりを始めた。

 元々マルチーズだったから、ユートさんは納得したようだけど、ルグレッタさんは驚きの表情で固まっていた。

 シルバーフェンリルが人間相手に甘えた声を出すだけでなく、お腹を見せるのは、珍しいどころかあり得ないんだろうなぁ……レオは別だけど。


「タクミ様、村の者に作らせましょうか?」

「んー……それでもいいんですけど……甘やかすのもなぁ?」

「パパ、私が作る! ママにも作ってあげたい!」

「ワフワフ。キューン……?」

「リーザにも言われてしまったら、仕方ないか。だけどレオ、お腹を壊す程食べちゃダメだからな?」

「ワウ!」


 任せとけ、とばかりに吠えるレオだが、本当に大丈夫だろうか? 本当に食べ過ぎかなと思ったら、さすがに止めよう……と決心しつつ、申し訳なく思いながら、ハンネスさんにお願いして食材と人手を改めて集めてもらう。

 手伝ってくれる人は、先程と同じ人で一度経験しているから、作業はスムーズに進んだ。

 しかし、問題は大量に焼き始めた時に起こった……。


「すみません、皆さん。レオの分だけのつもりが、また多く作るようになってしまって……」

「いえ、タクミ様のせいではありませんよ。むしろ、うちの旦那が申し訳ありません」

「そうですよ、うちの旦那まで……まったくもう!」


 ハンバーグが焼ける匂い……肉が焼ける美味しそうな匂いに釣られてしまった人達が、こぞってお代わりを要求し始めたからだ。

 まぁ、発端はエッケンハルトさんとユートさん、さらにフィリップさんなんだけど……まったくあの人達は……。

 美味しいと思ってくれたのは作った甲斐があるけど、さすがに

一日で二度も修羅場を経験するのは辛いな……後で疲労回復の薬草でも食べておいた方がいいかもしれない――。





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