第676話 悪い大人達から煽られました



「はははは! タクミ君も隅に置けないよねー。ハルトの娘から、これだけ言い寄られるなんて」

「ユ、ユートさん?」

「そうなのです。なのにタクミ殿は……早く一緒になって、私も楽隠居したいのですが……」

「タクミ殿と一緒になっても、知らない事が多いでしょうから、リーベルト卿はまだ隠居できないでしょう」

「……くっ」

「エッケンハルトさん、ルグレッタさんまで……」

「タクミさん、今は私と話しているのですから、他の人には構わないで下さい!」

「クレアは本来なら、こういった主張をあまりしないのだが……それ程までにタクミ殿をなぁ……ワインのせいもあるだろうが」

「うんうん、全てをお酒の勢いで済ませるのは良くないと思うけど、こうやって、お酒の力で日頃溜め込んでいたのを出すのも、必要だよね」

「閣下は、日頃から何かを溜め込んでいるような事はなさそうに見えますが……自由ですし」

「誰も止めてくれない……クレアさん、ちょっと落ち着いて」

「落ち着いてなんていられません! ずっと待っていても、タクミさんは今までと同じなんですもの……優しいのはいいのですが、それだけでなく、もう少し……!」


 クレアさんに詰め寄られてどうしようかというところに、ユートさんがワイングラスを片手に笑いながら登場し、さらにエッケンハルトさんやルグレッタさんまでもが来ていた。

 皆、ほんのり顔を赤くしているから、それなりにワインを飲んでいい気分といったところだろうか……もしかしなくても、クレアさんに詰め寄られているのを発見して、茶化しに来たような気配を感じる。

 というか、エッケンハルトさんには以前、ちゃんとクレアさんの事を考えるって話したはずなのに! 俺がどう考えているかも知っているはずなのに!

 内心で叫んでも、エッケンハルトさんに届くはずもなく、直接主張するのはクレアさんから詰め寄られているから無理だし……これ、詰んだ?


「さぁ、今すぐ! ここで! 私をレオ様やリーザちゃんと同じように!」

「いや、クレアさんはクレアさんで、リーザやレオとは違うんですけど……」

「タクミ殿、クレアがこれだけ言っているのだ、覚悟を決めるのだな」

「タクミ君、男らしく決めちゃえよー」

「タクミ殿、お酒の勢いとはいえ、ここはしっかりするところかと」


 なんでこんな状況になったのか……クレアさんにお酒を飲ませたからだな、俺も悪いけど。

 クレアさんはさらに詰め寄って、少し動けば体に触ってしまいそうな程の近距離で、俺は体を固くして身動きが取れない。

 さらに、クレアさんの後ろからは野次馬……もとい応援隊化した酔っ払い達の無責任な声援。

 三人共、声色は真面目なんだけど、ルグレッタさん以外は表情がニヤついていて、楽しむ気満々といった風だ。


 俺に味方がいない状況で、これ以上クレアさんに詰め寄られたら、抱き着かれる事にもなってしまうため、ここで覚悟を決めるしかないか……。

 レオに助けを求めたら、助けてくれるかな? と一瞬脳裏をよぎったが、それは卑怯な気がしたし溜め息を吐かれそうだ。

 ……仕方ないか、と考えるのはクレアさんに失礼な気がしたので、これまでの事を反省して前向きに考えて言葉遣いを変える事に決めた!


「……えっと、クレアさ……いや、クレア。その、全てをすぐにというわけではありま、ないけど、とりあえず今回はこれで。いつも助けてくれてありがとう、これからも、よろしくおねが……じゃなかった、よろしく頼むな?」

「タ、タクミさん……」

「「「おぉ~!」」」


 体をこちらに傾けて来るクレアさんを押しとどめるように、肩を掴んで、真っ直ぐクレアさんの目を見つめて……言ってやった!

 ユートさんに話す以上にたどたどしいのは、これまで敬語を使う事に慣れ過ぎていたためだから、許して欲しい。

 とりあえず、クレアさんの後ろで囃し立てるように沸いている、酔っ払い達の事は無視だ。


「クレア、その……呼び捨ててもいいのか、迷ったけど……えっと……」

「ん……」


 勢いで呼び捨ててしまったけど、気分を害していないかと心配になり、声をかけながら伺う。

 するとクレアさん……もといクレアは、真っ赤な顔のまま目を閉じて、何かを待っているような……。


「積極的!」

「娘のこういう場面を見るのは、罪悪感と共に沸々と何かが沸いて来そうだが……成長を見ているという事なのだろうな」

「私も、あんな風に……んんっ!」

「え、あれ? ちょっと、クレアさん?」

「タクミ……さ……ん……」

「「「キース! キース!」」」


 合コンか何かか!? というツッコミすらできず、うるさい外野を無視するしか今はどうする事もできない。

 そのままクレアさんは、俺に向かって少しずつ近付いて……。


「ちょ、お酒の勢いでというのは……! ん……あれ?」

「たふみひゃーん……」

「クレア……さん?」


 さすがに酔った勢いでというのは抵抗があり、なけなしの理性で掴んだままの肩を押してクレアさんを止めようとするが、詰め寄られた時に仰け反っていたために態勢が悪く、決して重くないはずの体重をかけられて顔と顔が触れ合う……直前にクレアさんがへにゃっと、全身から力が抜けて崩れ落ちた。

 え、あれ?


「ふむ……限界が来たようだな」

「極度の興奮から、酔いが回ったとか?」

「いえ、恐らくですが……タクミ殿から見つめられた状態で名前を呼ばれ、感極まったのだと思われます」

「さすがルグレッタさん、参考になる乙女の意見!」

「そ、そんなんじゃありません閣下!」


 崩れ落ちたクレアさんを受け止め、抱き寄せた格好で戸惑っていると、さっきまで囃し立てていた三人が冷静に分析。

 参考になったのは、ルグレッタさんの意見だけだけど……。


「いやいやいや、そんな冷静に話している場合じゃなくて! クレアさんが倒れたんですよ、もう少し心配を……」

「……心配するのも馬鹿らしくなるくらい、幸せな顔だよ?」

「父親としては複雑だが……タクミ殿が相手だからな」

「これだけ幸せそうならば、問題はないと思います。呼吸はゆっくりですが、ほとんど寝ている状態でしょうから」


 俺のお腹に抱き着くようにしている、クレアさんの顔を覗き込む三人から言われ、ちょっと体をずらして自分でも見てみると、そこには確かに幸せそうな表情があった。

 若干どころか、今まで見た事もない程口元がふにゃふにゃだし、顔も赤いままだけど、これなら大丈夫そうだ――。



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