第655話 いつの間にか屋敷の皆公認となっていました



「それでも、そういった者が増えれば問題になります。それに……」

「それに?」


 ヨハンナさんは、難しい顔をしながらチラリと俺に視線をやり、言葉を止める。

 視線には気づかず、クレアさんは首を傾げるだけだ。

 ……俺に、何かあるのかな?


「かわいらしいお姿は、タクミ様の前でだけ見せればよろしいのです。そうして、お二人が仲睦まじく過ごされる事が、我々護衛を努める者にとって励みになりますから!」

「うぇ!?」

「んなっ!?」


 俺の方を見たから何かあるのかと思っていたら、突然爆弾を投下するヨハンナさん。

 クレアさんも俺も、いきなりの事で驚いて素っ頓狂な声を出すしかできない。

 これ、御者台に座っているセバスチャンさんに聞かれていないといいなぁ……儚い希望だけど。


「な、な、な……」

「どうされましたか、クレアお嬢様?」

「何を言い出すの、突然に!」

「いえ、ですからそのようなかわいらしいお姿は……」

「そうじゃなくて、なぜ急にタクミさんが出てくるの!?」

「旦那様も認めておられる方。そして、公爵家の権力をものともしないお方であるからこそです。というより、レオ様がいらっしゃる時点で、公爵家は吹けば飛ぶような存在ですが……」

「それはそうだけど! でも、タクミさんとはまだそういう関係ではないわ!」


 えぇ、そこは認めるのクレアさん?

 公爵家の権力をものともしないなんて、ただ単純に俺が貴族がどういうものか、まだよく理解していないからだし、クレアさんやティルラちゃん、エッケンハルトさんが良くしてくれるからなんだけどな。

 それに、レオがいれば公爵家も吹けば飛ぶとか……いや、確かに国を滅ぼすくらい強いと言われている、ラーレすらも簡単に叩き落せるくらいだし、本気になれば飛ばせるのかもしれないが……。

 いやいや、レオは優しい子だからそんな事はしない。


「……まだ?」

「そこは聞き流しなさい! とにかく、私がこの帽子に慣れるか慣れないかという話で、タクミさんは関係ありませんから!」

「ですが、先程から……いえ、昨夜から気にしていた様子ですが?」

「……ありませんから!」

「という事です、タクミ様。クレアお嬢様の事、よろしくお願いします」

「え? いや……えっと……はぁ……ははは……」


 言葉の一部を取り上げるヨハンナさんに、焦るクレアさん。

 強引に押し通して、今の話を誤魔化したようになってくれたのはいいけど……ここでもまたそういう話なのか……。

 数日前にエッケンハルトさんやセバスチャンさんからも言われたし、公爵家の人達にとって、今一番の関心ごとなのかな、もしかして。

 とりあえず俺は、エッケンハルトさんに言い切った事もあるから、頭を下げられても苦笑しておくしかできそうにないな。


「……でもヨハンナさん。クレアさんのかわいらしい姿を、多くの人達に見せたくはないようですけど……」

「タクミさんまで……」


 そこでクレアさんが反応しないで欲しい。

 かわいらしいというのは本音ではあるけど、照れて何も話せなくなるから。


「……んんっ! えっと、エッケンハルトさんの指示で、このまま帽子を付けて行く事になっていますよね?」

「はい、そうですね。私は、素晴らしい提案だと感じましたが?」

「でも、そうすると……このままランジ村に行く事になります。当然、ランジ村の人たちには見られますよ?」

「あぁっ!?」


 クレアさんが慣れるためとか関係なく、このままだとランジ村の人達には間違いなく見られるという事に、ようやく気付いたヨハンナさん。

 ハッとなって声を上げた後は、苦悩するように両手で頭を抱えて、悩み始めた。

 横では、そんなヨハンナさんをジト目で見るクレアさん。

 これまでの事があったからか、ほんのり頬が赤くなっているのは、気付かなかった事にしよう。


 変に話が戻ってしまっても、今はまだクレアさんに何かを言う事ができないから。

 今は、まだ……。



「ガウ!!」

「レオ!?」

「レオ様の声、ですか!?」

「何が!?」

「キャゥ……?」

「馬車が止まった……?」

「止まりましたね。何かあったのでしょうか?」

「……クレアお嬢様、タクミ様、お気を付け下さい」


 ヨハンナさんの苦悩置いておき、途中で一旦昼食を頂いて再度ランジ村へと出発してしばらく、そろそろ日が傾き始めた頃、馬車の外からレオが吠えるのが聞こえた。

 いつもの鳴き声ではなく、何か危険を察知したような声で、馬車内にいる俺達は驚いて声を上げ、すぐに窓の外を見る。

 シェリーだけは、クレアさんに抱かれて気持ち良さそうに寝ていたのを起こされて、眠そうな鳴き声を上げていた。

 窓から見る外は何もないようだったが、すぐに速度を緩めてゆっくりと馬車が停止。

 こんな所で止まる予定はなかったから、何かがあったのは間違いなさそうだ。


 ヨハンナさんは、腰に下げている剣に手を持って行き、いつでも馬車から飛び出せる格好で俺達に注意を促す。

 それに頷きながら、俺も腰にある剣に触れる。


「ヨハンナ、魔物だ! こちらには向かってはいないが、念のため周囲の警戒を!」

「わかりました、フィリップさん!」

「私達も、一度降りて様子を見ましょう」

「はい。あ、先に俺が降りますよ、クレアさんは最後に……」

「ありがとうございます、タクミさん」


 馬車の扉を開け、フィリップさんがヨハンナさんを呼ぶ。

 すぐに馬車から出て行ったヨハンナさんを追うため、クレアさんと一緒に俺も外へ。

 魔物か……向かっては来ていないと言っていたから、大丈夫だろうけど念のため、先に俺が降りる事にした。

 まだまだ不十分だろうけど、これでも剣の鍛錬をしているからな。

 ……さっきヨハンナさんから話を聞いた限りだと、クレアさんを前面に出すのは危なっかしいだろう。


「セバスチャン、何があったの?」

「クレアお嬢様、タクミ様も……」


 馬車から降りると、同じく御者台から降りていたセバスチャンさんを見つけ、クレアさんが問いかける。

 ヨハンナさんやフィリップさんは、俺達の近くで剣を抜いて周囲を見渡しているが、他の護衛さんや荷物を載せている他の馬車も、少し先の方にいるようで、まるで俺達の馬車の壁になっているような形だ。

 そりゃそうか、この馬車は本来エッケンハルトさんが乗るはずだったし、クレアさんもいるから守る優先度が一番高いものだろうからな……壁のように並んでいる向こう側に、魔物がいるんだろう。

 それより、レオがいないんだが……もしかしてリーザやエッケンハルトさんと一緒に、向こうにいるのか?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る