第596話 皆でランジ村へ行く事になりました



「んんっ! 話が逸れたが、そのランジ村に寄る時の話でな?」

「照れてますね?」

「お父様も照れる事があるのですね……」

「えぇい! とにかくランジ村での話だ!」


 咳払いし、使用人さん達に持ち上げられた事を誤魔化すようにしたエッケンハルトさんが、話を戻す。

 俺とクレアさんが苦笑しながらそれを指摘すると、大きな声で照れ隠しをしていた。

 少し顔が赤く見えるのは照れている証拠だろう。

 まぁ、結構な年齢のオジサンが照れている姿を見て喜ぶ趣味はないので、これくらいにしておこう。

 親しくしてくれているから、俺もちょっと調子に乗っているのかもしれない。


「ランジ村で、何かするんですか?」

「何かをするというわけではないのだがな。クレアとタクミ殿にも来て欲しいのだ。もちろん、ランジ村までで本邸までくる必要はないが」

「俺とクレアさんがですか?」

「まぁ、薬草畑の事もそうだが、私も含めて一度は見ておいた方がいいだろう。クレアはこの屋敷と往復する事も多いだろうが、しばらくランジ村で暮らす事になるのだからな。どうだ?」

「そうですね……ランジ村に私は行った事がないので、一度は見ておきたいと思います」

「俺は一度行った事がありますが、穏やかでのんびりしていていい村でしたよ。その時はワイン作りで忙しくない時期だったからでしょうけど。わかりました、俺も一緒に行きます」


 アンネさんの事は置いておいても、ランジ村で薬草畑を始めようとするのだから、一度は挨拶に行かなくてはと思っていたからな。

 エッケンハルトさんやクレアさんも行くのなら、俺も行かないわけにはいかない。

 ハンネスさんには話を通してあるとはいえ、久しぶりに村の人達の様子も見たいし、子供達とレオを遊ばせてやりたいのもある。

 それに、リーザを連れて行って先に紹介しておく、というのも悪くないだろうから。

 ロザリーちゃんとは仲良くなれたようだが、村の子供達と仲良くなれるかはわからないし、いきなり行くよりは前もって顔を見せておいた方と思う。


「ワフワフ!」

「もちろんそのつもりだ、レオも一緒に行こう」

「ワフー」

「パパとママ、どこか行くの?」

「前に、ここへロザリーちゃんが来ただろう? あの子が住んでいる所へ遊びに行くんだよ。それに、そのうちそっちで暮らす事になるからな。もちろん、リーザも一緒だ」

「そうなんだ! またロザリーちゃんに会えるんだね、楽しみ!」

「うむ、リーザもレオ様も行く事で良さそうだな。それでは、ランジ村へは私とクレア、タクミ殿達で行く事にしよう」


 ランジ村で子供達と遊んでいた事を思い出したのか、レオが尻尾を振りながら主張。

 食事に戻っていたレオが話に参加するのは珍しい……と思っていたら、既にお皿に載っていた料理は食べ尽くされて、終わっていたみたいだ。

 見れば、話しに集中していた俺やクレアさん以外の皆は既に食べ終わっていた。

 アンネさんもか……まぁ、美味しいからがっついて食べてしまうのもわからなくもないが。


「お父様、私も行きます!」

「ティルラもか? うーむ……まぁ、行く事に反対するわけではないが……」

「ティルラ、森へ行っている間、勉強が滞っているでしょう? そちらはどうするの? 森での事で、ティルラが立派に育っている事もよくわかったし、従魔を得たりもしたけど、そちらを疎かにしては駄目よ?」

「はい、大丈夫です! ラーレもいるので、私がしっかりしないといけませんから! 勉強はちゃんとします!」

「そう? それなら大丈夫かしらね」

「クレアさん、以前のようにティルラちゃんに勉強を、と言って否定しないんですね?」

「森での事を見ましたからね。ちゃんと育っているのを確認しましたし、ティルラにはもう少し外で学ぶ事があるのかもと感じました。それで勉強を疎かにするようでは注意しますけど、ラーレの事があって少し成長したように感じますから」

「そうですね……確かに、成長してるのでしょうね……」

「タクミさん……しー……」

「……ん」


 ランジ村へ行くメンバーが決まりそうになったところで、やはりというかなんというか、ティルラちゃんが手を上げて自分も行きたいと主張。

 まぁ、クレアさん以上に好奇心旺盛な子だから、言い出すかなというのは想像していた。

 もしかしたら、母親が亡くなるまでのクレアあんもこんな感じだったのかもしれないな。


 ただ、以前のようにクレアさんに注意されてお留守番になると思って見ていたら、なんと否定ではなく許可を出していた。

 気になってクレアさんに質問してみると、どうやらティルラちゃんに勉強を強制するよりは、ある程度自由にさせた方が良いと考えたようだ。

 見事にオークを倒していた事や、ラーレと従魔契約した事の影響みたいだが、それだけクレアさんがティルラちゃんの成長を認めているという事なのかもな。

 クレアさんの答えを聞きながら、ラーレから降りた後に泣いていたティルラちゃんを思い出して、そっと視線をやると、口の前で人差し指を立てて黙っておくようにというポーズ。


 どうやら、泣いてリーザの尻尾に抱き着いたりした事は、クレアさんに内緒にしておいて欲しいらしい。

 恥ずかしいのもあるんだろうが、折角クレアさんが成長を認めてくれているのに、情けない部分は見せたくないんだろう。

 ティルラちゃんの精一杯な背伸びという事で、黙っておく事にして小さく頷いておいた。


「ふむ……まぁ、問題はないか。それでは、ティルラも一緒にランジ村へ行く事を許可しよう。……これで、本邸までのつまらない帰り道も、途中まで娘達と一緒で楽しそうだな」

「……最初から、そのつもりでしたね?」

「なんの事だかなー……?」


 エッケンハルトさんはどうやら、最初からティルラちゃんが付いて来ると予想して話をしていたみたいだ。

 先程、許可を出すか考えるようにしていたのは、すぐに決めたらまたクレアさんに叱られてしまうから、考えるふりをしていただけなんだろう。

 ジト目で見る俺の視線を避けるように、明後日の方に顔を背けてとぼけているが、逆にわかりやすい。

 ちなみに、背けた顔の先にはセバスチャンさんがいて、溜め息を吐いて首を横に振っていたので、苦言を呈すのは諦めている様子だった――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る