第581話 ゲルダさんの早とちりだったようでした



 結局、元々配膳されていた料理に加えて、新たにヘレーナさんが用意してくれた料理を食べて満足の夕食だった。

 痩せるため……と言われたクレアさんだけは、勢いよく食べるエッケンハルトさんをジト目で見ていたが……。

 ちなみにシェリーは、森で頑張ったからと、レオから特別にお許しが出てたらふく食べていた。

 まぁ油断はできないだろうが、森での活躍と、これから屋敷でもダイエットを頑張れば大丈夫だろうしな。


 焼かれていた肉は、やはりオークの肉だったらしく、森から俺達が持ち帰った物だったらしい。

 ライラさんが料理するのとはまた違って、こちらも美味しかった……森で食べた料理もちゃんと美味しかったけどな。


「アンネがいたら、阿鼻叫喚だったかもしれませんね……疲れて寝ているのが良かったと思っていいのでしょう」

「アンネさんも、気にしていましたからね。疲れているから、起きていれば食欲も凄かったでしょうし……」


 以前、クレアさんと太るだの痩せるだの言っていたアンネさん。

 今はいないが、いたら騒いでいただろうというのは想像に難くない。

 エッケンハルトさんのように、量が少ない事を落胆し、痩せるという話を聞かされたうえで、追加の料理だ……食欲と女性としての意識の間で苦しんだ可能性が高い。

 縦ロールが乱舞して暴れる……なんて想像してしまったが、さすがにそこまではしないだろうけどな……多分、きっと、おそらく。


「申し訳ありません。急でしたので、最初はあれだけしかご用意ができず……急ごしらえで追加しましたが、満足できましたかどうか……」

「いや、十分だったぞ。また腕を上げたのではないか? まぁ、最初は驚いたがな……」

「本日、旦那様方がお戻りになられるとは思っていなかったもので……いえ、これも言い訳ですね。申し訳ございません」

「そういえば、屋敷へ報せを送ったりはしていなかったな……?」

「そうなのですか、お父様?」

「うむ。森から出る事を決めたのは、昨日の事だからな。無理をすれば報せを送る事もできたんだろうが……」

「決めたのもラーレに抱き着いて、ティルラちゃんが寝てからですからね。テントで休ませた時には、既に日が沈んでいましたし……森の中を暗い時間に移動させるのは危険もあるので、仕方ありませんよ」


 何度も頭を下げるヘレーナさん。

 どうやら、最初に出してもらった料理は、急に俺達が屋敷に戻ってきたせいで、準備する時間が十分ではなかったかららしい。

 まぁ、戻ってくると知らなければ、食材が無駄になるし、俺達が食べる分を作っておくなんて事はないよな。

 帰ると決めたのも、直前だったし……夜に伝令を送るのは危険もある。

 それに、執事さんが森の外で待機している人達に伝えて、そこからさらに屋敷へ……という事もできただろうが、ラーレやティルラちゃんの事もあって忘れていたのかもしれない。


 その事は、ちゃんと手配していなかったエッケンハルトさんがクレアさんに責められそうなので、口にはしなかったけど。

 俺やクレアさんもそうだし、セバスチャンさんも忘れていたんだから、誰が悪いという事もないからな……。

 そして、仰々しくダイエットのために量が少なくなっている、と説明したゲルダさんは……顔を赤くしてちょっと泣きそうだ。

 思い込みとドジ属性が、早とちりをさせてあの説明になったんだろう。


 何度も頭を下げて謝ってはいたが、エッケンハルトさんやクレアさんは怒ったりはしなかった。

 まぁ、次からは気を付けるように……と言って、苦笑していたくらいだな。

 とはいえ、早とちりであんな説明をしてしまったのだから、怒られなくとも恥ずかしいだろう。

 むしろ、怒られた方が恥ずかしさも薄れるかもしれないな……。

 明日にでもライラさんに伝えて、フォローしてもらうよう頼んでおこう。



「はぁ……ゲルダさんの早とちりもあったけど、お腹いっぱいに食べられて良かったな」

「ワフ」

「スー……」

「ありゃ、リーザは寝ちゃったか。まぁ、食事を始める前から眠そうだったから、仕方ないか……」

「ワウ……」


 夕食を終え、今日はティータイムも素振りもなしで、早めに休む事になった。

 森での疲れを取るためだな。

 エッケンハルトさんやクレアさんだけでなく、ティルラちゃんや使用人さん達も疲れているだろうから、早く休んだ方がいいだろう。

 部屋へ戻った時既に、レオの背中に乗っていたリーザは気持ち良さそうに寝ていた。

 ずっと眠そうにしていたから、ちゃんと食事を終えるまで眠気を我慢していたのだから、褒めるところだな……寝ているから褒めてもリーザには伝わらないだろうけども。


「レオ、ありがとうな。よ……っと」

「ワフワフ。ワウ?」

「リーザくらいは全然軽いから平気だよ。ここにきて鍛えているし、これくらいはな?」

「ワウ」


 レオに伏せをしてもらい、全身を使って背中に抱き着いているリーザを抱き上げる。

 起こさないようにそっと持ち上げられるか、レオが心配するように鳴いたが、これくらいは大丈夫だ。

 リーザはまだまだ体も小さいし、軽いからな。

 俺が抱き上げたリーザを、ベッドへそっと寝かせるのを見たレオは、そのままリラックスした様子だったが……。


「あー、でも風呂には入れれないか……。さすがに起こすのはかわいそうだしな。明日、ライラさん達に頼んで入れてもらおう。……レオもだからな?」

「ワフ?!」


 森にある川で水浴びだとか、体を拭くくらいはしていたはずだが、やっぱりちゃんと風呂に入らないとさっぱりしないからな。

 気持ち良さそうに寝息を立てるリーザを起こすのはかわいそうだから、風呂に入れるのは明日にする。

 同時に、レオの方をチラッと見て、こちらも風呂に入れる必要がある事を確認した。

 驚いた様子で愕然としていたレオだが、やはり森の中で動き回っていた事もあり、綺麗な毛並があちこち汚れているように見える。


 輝くような銀色の毛はそれでも十分に綺麗ではあるが、風呂に入れて丹念に洗った後と比べるとどうしてもなぁ……。

 川に何度も入って濡れたり乾かしたりを繰り返していたから、激しく汚れているという程ではないが、ブラッシングをしないと取れない埃や汚れがあったり、所々毛が絡まったりしてるからちゃんと梳いてやらないと――。



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