第576話 室内と鳥型は相性が悪そうでした



 ティルラちゃんにこっそり事情を聞いた後、屋敷の玄関前に到着してすぐ、皆でその場に立ち止まり、頭を悩ませる事になった。

 まぁ、悩む事というのは、玄関を見て首を傾げているラーレの事だ。

 翼を広げなければラーレの横幅はあまりないが、レオのように四つ足で立っているわけじゃない。

 つまり、体が縦に大きいという事。


 大きな屋敷なだけあって、レオが悠々と通れる程の玄関ではあるが、さすがにラーレがそのまま入れる程の大きさじゃない。

 ……四メートルくらいはありそうだからなぁ。

 頭を下げれば玄関を通れるだろうし、屋敷の中の天井は高いからラーレが入って過ごす事もできるにはできる。

 だが、自由に動き回れるかどうかは……難しいだろうな。


 翼を広げたら、何かにぶつかりそうだし……それでなくとも頭がシャンデリアとか照明にぶつかってしまいそうだ。

 レオも体は大きいが、ラーレのような翼はないし、ある程度気を使って動いているようにも見えるから、問題はないが……さすがに鳥はなぁ。


「無理に中に入っても、自由には動けないでしょうなぁ……」

「そうだな。うぅむ、どうするか……かと言って、ティルラの従魔を外で過ごせるわけにもいかんだろう」

「そうですね……レオ様やシェリーは中へ入れるのに、仲間外れはかわいそうです」

「キィ? キィキィー、キィ、キィー」

「うん? なんと言っているのだ?」

「外でも大丈夫らしいです。というより、外の方が伸び伸びできて楽そうだって言ってます、お父様」

「むぅ、そうか……しかしな……」

「キィキィー」


 同じような事をセバスチャンさんも考えていたようで、ラーレが屋敷へと入った場合の事を想像して難しい顔をしている。

 エッケンハルトさんやクレアさんも、すぐにそれは考えたようだが、外で過ごさせる事も反対のようだ。

 その辺りは、公爵家の人達の人柄の良さというかなんというか……魔物だからと外で過ごさせるわけではなく、中で皆一緒に……と考えているんだな。

 皆で難しい顔をしていると、なんとなくお気楽に思える声色でラーレが鳴いた。


 ティルラちゃんに通訳してもらうと、外で過ごすのも構わないどころか、そっちの方がいいのだそうだ。

 確かに鳥型だから、建物の中に入って翼を動かせないのは辛いだろうし、外の方が気楽に過ごせてラーレ自身はいいのかもしれない。

 体の大きさそのものは違うが、室内で鳥を飼う時は、あらかじめ事故防止に翼の一部を切断して、飛べないようにしておく……なんてのも、日本ではあったな。

 あれは狭い室内で自由に飛んでも、何かにぶつかったりして飼っている鳥が怪我をしないようにとか、物を壊したりしないためだと聞いた事がある。


 規模は違うが、大きな屋敷でも、ラーレの体の大きさなら翼を広げるだけで問題が起こりそうだ。

 かといって、翼を切断するわけにもいかないし……まぁ、ラーレが怪我をするより先に、屋敷の方が壊れてしまいそうだが……。

 それはともかく、意思疎通もできてラーレ自身も外を望むのであれば、そちらの方が良さそうに思う。


「多分、ラーレにとっては中に入る事よりも、外で過ごす事の方が重要だと思います。翼を広げる事もできそうにありませんしね……ほら、人間だって手足を伸ばせないような狭い場所で、長時間いると辛いでしょう?」

「確かに、狭い馬車の中に長い間いると、少々窮屈に感じるな」

「そうですね。手や足が延ばせないわけではありませんけど、息が詰まる気もします」

「……あー……あはは、まぁそういう事です」


 そうだった……この人達は公爵家で、大きな屋敷と大きな部屋で過ごすのが当たり前の人達だった……。

 エッケンハルトさんとクレアさんは、移動する馬車の中で長時間過ごす事を想像しているようだが、俺が想像しながら伝えたかったのはもっと狭い空間の事だ。

 例えば、シングルベッド一つ分の幅と長さしかなく、上半身を起き上がらせるのもできないような、安いカプセルホテルとかだな。

 ……終電を逃して帰れなくなった時、何度か泊まった事があるが……あれは中々窮屈だった。


 もちろん、始発の時間に起きて自宅へ戻り、レオの世話をした。

 その後すぐにまた会社へ出勤だったが、全然休んだ気がしなかったのは確かだ。

 あれに比べれば、馬車のなんと快適な事か……エッケンハルトさんが乗る、貴族用だとわかる装飾が施された大きな馬車は特に……。


「ラーレに窮屈な思いはさせたくありません、外で過ごしてもらいましょう! ――それでいいんですよね、ラーレ?」

「キィー!」

「ラーレも、外の方が楽だって言ってます。タクミさんの言うように、ラーレを狭い場所に押し込むなんて……馬車の荷物入れに入り込むような窮屈な思いはいけません!」

「いや……さすがに、馬車の荷物入れに無理矢理入れるような事はさせないが……というか、入った事があるのか?」

「以前……えっと、タクミさんと出会うよりも前ですね。私がラクトスへ向かった際に、乗っていた馬車の荷物入れに潜んで付いて来た事があるんです……人が乗る場所ではありませんので、見つけた時は後悔していたようですが……」

「そんな事があったのか……」

「ティルラちゃん……さすがにそれは……」

「もうしません! 狭いし揺れるし、体は痛いしで、散々でした……」


 俺が狭い場所は窮屈だと伝えても、エッケンハルトさん達には微妙に伝わっていないらしく、それでも外で過ごさせるのは……と悩んでいた様子だったが、ティルラちゃんは違ったようだ。

 窮屈な思いをさせないよう外でと主張し、ラーレにも確認。

 どうやらティルラちゃんは、馬車の荷物入れへと入り込んだ事があるらしく、俺が伝えたかった窮屈さを一番理解できてしまったようだ。

 荷物入れって、体の小さな子供だから入り込めたんだろうが……何度か荷物を出し入れした事のあるあの空間は、それなりに収納スペースがあったはずだが、それでも人間が入るようにはできていない。


 狭いだけでなく、移動する馬車なうえ走るのは整備されているとはいえ砂利道。

 クッションなんてないから、車輪の振動はもろに来るだろうし……そんな中でラクトスまで約一時間を過ごすのは、俺には耐えられそうにない。

 カプセルホテルなんかより、よっぽど過酷な環境だ。

 子供らしい、好奇心がそうさせたんだろうが……最後に呟いたティルラちゃんは、激しく後悔しているようだ。

 それだけ、耐え難いものだったんだろう、まぁ当然か――。



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