第575話 ラーレは反省しているようでした



「ティルラ、大丈夫!?」

「姉様! はい、大丈夫……です!」


 俺達に遅れる事しばらく、クレアさん達の乗っている馬車が屋敷へ到着。

 すぐにそこから飛び出してきたクレアさんは、ティルラちゃんへと駆け寄った。

 エッケンハルトさんは……こちらを見ているが、取り乱している姿は見られたくないのか、クレアさんのように駆け寄ったりはしないようだ。

 皆、どれだけティルラちゃんの事を心配していたか、知っているんだけどな……落ち着かない様子で、手が変な動きをしているし。


 駆け寄って声を掛けられたティルラちゃんは、恥ずかしそうにしながらも、笑顔でクレアさんを迎えた。

 あれからしばらく、リーザの尻尾に顔を埋めて泣いていたが、しばらくして落ち着いたようで、今はいつも通りに戻っている。

 さすがに、涙の跡とかは残っているけどな。

 姉であるクレアさんに、自分が泣いた姿を見せるのは恥ずかしいんだろう。


 頑張って笑顔になって、平気な様子を装っているが……さすがにクレアさんは気付いているようだ。

 以前リーザにやったように、クレアさんがそっと抱き締めるが、ティルラちゃんの方は恥ずかしそうにしている。

 姉妹や親に、泣いていたと思われるのが恥ずかしいんだろう、強がって見せたりする年頃だしな。


「ワフ……」

「キィ……」

「お、こっちも終わったようだな」


 門の内側で叱っていたレオが、ラーレを連れて戻ってくる。

 さすがに激しく叱られたおかげで、ラーレにもティルラちゃんを怖がらせてしまったりしたと理解できたのか、項垂れている様子だ。


「ラーレ?」 

「ワフ」

「キィ……キィキィ」


 クレアさんからそっと離れ、ラーレへと体を向けるティルラちゃん。

 レオに促されて、項垂れながらゆっくりティルラちゃんに近付くと、謝るように何度も頭を下げて鳴いた。

 ラーレなりに、ティルラちゃんを怖がらせてしまって申し訳ないと思っているみたいだ。

 レオに怒られるまで気付いてはいなかったようだが、初めて誰かを乗せて飛んだみたいだし、そこまで気が回らなかったんだろうな。


「ワウワウ」

「もうあんな事をして、ティルラちゃんを怖がらせたりはしない……よな?」

「キィ……キィ?」

「もうしないと約束するなら……許します……」

「キィ!」


 俺とレオが一緒にラーレの横に立って、ティルラちゃんに約束するよう促す。

 頷いたラーレは、許してくれる? と言うように、首を傾げてティルラちゃんを窺った。

 ティルラちゃんは、怖かっただけであまり怒っていなかったんだろうけど、少し考えるような素振りをしながら、約束をするようラーレに言った。

 その言葉に、レオに対する時と同じように体を硬直させて、右側の翼を上げた。

 多分、了解しました! とかそういう仕草なんだろうな。


「はい、わかりました。約束ですよ? ……上下に行ったり来たりするのは、ちょっと面白かったですけどね?」

「キィ?」

「もう、ティルラったら。凄く離れてはいたけれど、遠くからでも上下に動くのはわかったわよ? 見ているこっちが怖かったわ。お父様なんて、馬車を降りて走って追いかけようとしてたのだから……。もうあんな危ない事は駄目よ?」

「はーい。……えへへ」

「キィ」


 ラーレと約束はしつつも、悪戯がバレてしまった子供のように、舌を出してラーレに小さく呟いた。

 いや、ティルラちゃんは子供か。

 ラーレが首を傾げるのと一緒に、呟きが聞こえたらしく、後ろからクレアさんが注意する。

 エッケンハルトさん……確かに心配でいてもたってもいられなかったとか、黙って馬車に乗っているのが辛かったんだろうが、さすがに人間が走るより馬の方が早いだろうに……。


 ラーレから落ちるのは危ないが、走っている馬車から降りるのも危ないし……まぁ、エッケンハルトさんなら大丈夫でも驚きはしないけども。

 ともあれ、クレアさんの注意に可愛く返事をしたティルラちゃんは、ラーレを見上げながら嬉しそうに笑った。

 ……これは、目を離さないようにしておかないと、ラーレに乗って遊び始めそうだな……さすがに恐怖が勝るかだろうから、横回転はさせないだろうが……エッケンハルトさんの娘だから、と考えると、注意して見ておかないといけない気がした――。


「というか、飛ぶのはバランスが大事だって言ってたのに、なんであんな危ない事をしたんだ?」


 ラーレの反省も終わり、指示を終えたエッケンハルトさんがティルラちゃんに抱き着いたりと、ちょっとした騒ぎもあったが、それはともかく。

 馬車や馬を片付ける護衛さん達と別れ、門をくぐって屋敷の玄関へと向かっている途中ふとした疑問をラーレに聞いた。


「キィー、キィキィ」

「タクミさん、実は私も悪いんです……」

「ティルラちゃんも?」


 ラーレが弁解するように鳴いているのを、リーザかレオに通訳してもらおうと思っていたら、ティルラちゃんが小さな声で説明してくれた。

 俺やレオ、リーザくらいにしか聞こえない程度の声量で話しているのは、エッケンハルトさんやクレアさんに聞かれて、また注意されないようになんだろうな。

 屋敷へ向かう短い時間で聞いた話によると、上下に動いたのはラーレが自主的にやった事らしいが、それに喜んで興奮したティルラちゃんが、もっと面白そうな動きを……とお願いしたかららしい。

 まさか横に回転するとは思っていなかったらしく、必死でラーレにしがみ付いていたとの事だ。


 バランスが大事って言っていたはずなのに、ティルラちゃんを乗せたままあんな動きをした事については、いざ飛んでみるとティルラちゃんが軽い事もあって、想像以上に上手くバランスを取れたみたいだ。

 それで、ラーレの方もティルラちゃんと同じく調子に乗って、横回転までしてしまったという……。

 なんというか、意外と似た所がある主従なのかもしれないな。

 もしかするとそれが、なんとなく感覚でティルラちゃんと合うと思った理由なのかもしれない。


「……キィ?」

「あー、エッケンハルトさん……どうしましょう?」

「うむ……」

「通れなくはないでしょうが、さすがに中では……」


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