第574話 ティルラちゃんを慰めました



「とりあえず、無事に着きそうだな」

「帰ってきたー!」

「ワフ」


 ラーレ……というより、ラーレに乗ったティルラちゃんを見守り続けて、走る事しばらく。

 相変わらず大きな建物が近付いて来ている。

 なんとか、ティルラちゃんが落ちたりする事はなかった。

 横回転で恐怖を感じたのか、無理な動きをラーレがしなくなったのが大きいか。


 ホッと息を吐きつつ呟くと、俺が支えているリーザが屋敷を見て両手をあげながら、戻って来た事を喜んでいる。

 レオも、リーザの声に反応して鳴いた。

 リーザも屋敷に慣れて来て、帰る場所として認識しているようだから、数日ぶりに戻って来られて嬉しいんだろうとは思うが、走るレオに乗ったまま両手をあげるのは危ないから、止めような?

 落馬ならぬ落犬……いや落狼すると危ない。


「あー、大丈夫ですよ。ティルラちゃんがいるのもそうですが、その魔物は人間を自分から襲ったりはしませんから」

「タクミ様、レオ様、リーザ様! はっ、わかりました!」

「タクミさーん、レオ様ー!!」

「キィ?」

「ワフワフ」

「あー、うんうん。怖かったんだねー……」

「ティルラお姉ちゃん、大丈夫?」


 屋敷の門へと到着すると、先に降り立っていたラーレと背中にしがみ付いたまま硬直している様子のティルラちゃん。

 急に空から魔物が降り立ったので、浮足立った様子で槍を構える護衛兵士さん達……お仕事お疲れ様です。

 ラーレに危険がない事を伝えつつ、レオから降りるとすぐにこちらに気付いてくれた。

 俺とレオがいる事と、ついでにリーザも確認して槍を下ろして下がってくれる。


 屋敷への連絡はまだだし、初めて見るのだから仕方ないけど、ラーレは危険な魔物じゃないからな。

 俺達が到着した事を確認するや否や、ラーレから飛び降りたティルラちゃんは、こちらへ駆け寄ってレオへと抱き着いた。

 多分、空を飛ぶというだけでなく、横回転したりしたのが怖かったんだろうな……年齢とか関係なく、俺もあんな軌道を急にされたら、恐怖で顔が真っ青になりそうだしな。

 急にティルラちゃんが自分から離れたのを見て、ラーレは不思議そうに首を傾げている。


 レオは慰めるように鳴きながら鼻先を近付け、俺は後ろから頭を撫でておいた。

 半分泣いているような状態だったからか、リーザも心配そうに俺の後ろからティルラちゃんの様子を窺っている。

 うんうん、ちゃんと人を心配できる優しい子だな……っと、今はまずティルラちゃんを落ち着かせないとな。


「大丈夫だったかい、ティルラちゃん?」

「うぅ……怖かったです……ぐす……」

「そうだよね。よしよし」

「ワフ。ワフワフ?」

「そうだな。こっちは任せてくれ。あっちは頼んだぞ? ――ティルラちゃん、レオから離れても大丈夫かい?」

「……はい……ぐす……」

「ワウ!」


 頭を撫でながら名前を呼ぶと、やはり怖かったのだろう、鼻をすすりながら小さな声で答えるティルラちゃん。

 やっぱりか……と思いながらも、落ち着いてくれるようそのままティルラちゃんの頭を撫で続ける。

 レオは、そんなティルラちゃんを見て何かを決めたようで、俺へと視線をやって向こうへ行ってもいい? と窺うように鳴いた。

 それに許可を出しつつ、レオに抱き着いているティルラちゃんに、優しく声をかけて離れてもらう。


 ティルラちゃんが離れた事を確認すると、本当に走ったのかもわからないような速度で、一瞬にしてラーレの前に行ったレオが、前足でちょいちょいと手招き。

 いや、狼が手招きって……と思うが、人間っぽい仕草をするレオだから、今更か。


「キィ……?」


 どうしたんだろう……? という様子で首を傾げて不思議そうにしつつも、そのままレオについて行くラーレ。


「ガウガウ! ガウー! ワウ!」

「キ、キィ……」


 門の中に入り、こちらからは見えない位置に行ったあたりで、レオがラーレを叱っているような声がした。

 多分、ティルラちゃんに叱っている所を見せないために移動したんだろうが……レオ、それならもう少し離れて声が聞こえないようにした方が良かったと思うぞ?

 まぁ、ラーレに注意したり叱ったりするのはレオに任せて、俺はティルラちゃんを、だな。


「よしよし……怖かったね……もう大丈夫だから。レオが叱ってくれているし、もうラーレがあんな動きをする事はないはずだからね?」

「はいぃ……うぅ……うわぁぁぁぁぁん!!」

「うんうん、よしよし……」

「ティルラお姉ちゃん……大丈夫、大丈夫だよー」


 色々我慢していたのか、頭を撫でながら優しく声をかけると、今度は俺に抱き着いて泣き始めるティルラちゃん。

 顔を俺の服へ擦り付けているから、鼻水や涙が……と思わなくもないけど、今はそんな事どうでもいいな。

 優しく受け止めるようにしながら、ティルラちゃんの頭を撫でる手は止めない。

 そんな様子に、リーザはティルラちゃんの背中に抱き着くようにして、一緒に慰めてくれた。


 やっぱりリーザは優しい子だなぁ。

 あ、そうだ。


「リーザ、ちょっと……」

「ん、どうしたのパパ?」

「えっとな……」

「ふんふん……わかった! ――ティルラお姉ちゃん、はい!」


 ちょっとした事を思いついたので、リーザを小さな声で呼んで、それを伝える。

 すぐに頷いてくれたリーザは、抱き着いていたティルラちゃんから離れ、後ろを向いて尻尾を差し出した。


「リーザじゃん? ふえぇ……? ありがどございばずーー!」

「あーあー……ごめんなリーザ?」

「うぅん、大丈夫。後でライラお姉さんに洗ってもらうから! うにゃ! ティルラお姉ちゃん、もう少し優しくー!」


 振り向いて、フサフサで大きなリーザの尻尾があるのを見たティルラちゃんは、すぐにそれへと抱き着く。

 レオのフカフカな毛に抱き着いたりしていたしな……俺に抱き着いているより安心できるだろうと思った。

 鼻水やら何やらで、はっきり喋れなくなっているティルラちゃんは、リーザの尻尾を抱き締めて顔を埋めている。

 いろいろと汚れてしまいそうなので、リーザには謝っておいたが、どうやらライラさんに洗ってもらう事も考えていたらしい。


 お風呂で洗われるのが好きなようで、良かったと思うのとは別に、意外とちゃっかりしているリーザに少しだけ驚いた。

 やっぱり、まだまだ小さくとも子供はどんどん成長するんだなぁ……。

 多分、出会ってからの成長というより、スラムでの生活を経て……という事が大きいんだろうけど――。



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