第572話 もしもに備えてレオに保険を頼みました



「頼ってばかりになりますけど、レオにお願いしますか? レオならラーレを追いかけるように走れるでしょうし……もしもの時は受け止める事もできる……かもしれません」

「……そうだな。もしもがないに越したことはないが、念のための安全策を考えておいた方が良いだろう」

「はい。まぁ、レオができるかわかりませんので、一応聞いてからお願いしますが……」

「うむ、頼んだ。ティルラの事を守ってくれ」

「……少し大袈裟では?」


 困った時のレオ頼み……ということが最近増えてきたと思いつつも、レオに任せればとエッケンハルトさんに提案する。

 ほんと、レオは頼りになる相棒だ。

 頼ってばかりというのも悪いので、俺もしっかりしないとと思うし、屋敷へ戻ったらしっかり労ってやらないととも思う。

 エッケンハルトさんは、どこかの戦場へティルラちゃんを送り出す心境を表すような、神妙な面持ちで頭を下げた。


 いや、ラーレに乗るだけなんですから、そんなに大袈裟にしなくても。

 もしもの事がないように、ティルラちゃんが無事なように努めるつもりではあるけど……。


「レオ、ちょっといいか?」

「ワフ?」

「どうしたのパパ?」


 ラーレとじゃれ合っているティルラちゃんを近くで見守っているレオに近寄り、声をかけた。

 リーザは、レオに頼んで取り出した水筒に魔法の水を入れてもらっていたらしく、それを飲みながら俺を見てかわいく首を傾げた。

 そういえば、レオの作り出した水が好きだったな……川の水とかと差はあまりないように思うが、リーザにとっては特別なんだろう。

 首は傾げて声を出したが、水を飲む途中だったんだろう、また水筒に口を付けたリーザの頭を撫でながら、レオへと話しかける。


「ティルラちゃんがラーレに乗るとしたら、もし落ちた時が危ないだろ? だから、レオが地面を並走して、もし落ちた時に受け止めたり、怪我をしないようにってできるか?」

「ワフ? ……ワフワフ、ワフーワフ?」


 ラーレにティルラちゃんが乗って、もしもの事があった時の対処ができるかを問いかける。

 レオは一度首を傾げた後、空を飛ぶ魔物なんだから、そんな事は起こらないのでは? と言っているようだ。


「まぁ、飛ぶの事に対する保険みたいなものだな。……エッケンハルトさんが特に心配しているようだから」

「保険……ってなあに?」

「前もって、もしもの時に備える事……かな」

「ワフゥ……ワフ……ワウ!」

「そうか、できるか。……どうするんだ?」


 エッケンハルトさんの方へ軽く視線をやりながら言うと、レオはすぐに事情を察してくれたのか、軽くため息を吐きながら頷いてくれた。

 水を飲み終えたリーザが、後ろにいる俺に顔を真上に向けて聞く。

 保険という言葉は、この世界になかったか……? いや、あるのかもしれないが、まだ小さいリーザには難しいか。

 簡単に説明しつつ、レオができると頷いてくれたのを喜ぶ。

 だけど、実際にどうやるのかがわからなかったので、方法についても聞いておくことにした。


「ワフー。ワフワフ、ワウー」

「ふむふむ……成る程な。通常ならできるとは思えないけど、レオだしな。ラーレを落とした魔法の威力も見たし、できるんだろなぁ……」

「ワッフ!」


 俺の言葉に、もちろんと息巻いて頷くレオ。

 レオがもしもティルラちゃんが上空から落ちた場合の対処法、それは、地上から空へ向かって魔法で強い風を巻き起こし、落下の速度を緩めつつレオが背中で受け止めるというもの。

 多少荒っぽいような気もするが、自由落下する子供を受け止めるには、その方法くらいしかないのかもしれない。

 大きなクッションのようなものを用意する事はできないしな。


 風の魔法は、薬の調合をする時に使っていたし、威力に関してはラーレに直撃させて落とした魔法の事を考えれば、十分だろう。

 一応、念のためという事で、俺に対してその魔法を手加減して使ってもらう実験もした。

 落ちているわけではなく、立っている状態だから下から風が来ても浮き上がるような事はなかったが、これを強力にしたら、落下の速度も抑えられそうではある。

 それに、レオの毛はフワフワだから受け止めるのにも向いているし……なんなら、ベッドに落ちるよりも安全かもしれない。


「けど、速度をどれだけ緩めるかにもよるとは思うが、大丈夫か? 背中に子供が落ちて来るなんて、相当な衝撃だと思うが……」

「ワフ、ワフワフ! ガウ!」

「全然平気だってー。魔物の攻撃に当たるよりも楽って言ってるよー」

「そうか……そうだったな」


 シェリーもそうだが、レオも魔力がなんたらでそんじょそこらの魔物が攻撃したところで、かすり傷すら負わない……とかだったな。

 犬って、結構背中が無防備でしかも上からの衝撃にはあまり強くないと思ったんだが……レオはそうではなかったらしい。

 まぁ、日頃俺を含めた人間を乗せて走ったりしているしな……そもそもシルバーフェンリルだから、犬と同じなわけないか。

 レオにもしもの場合、ティルラちゃんに怪我をさせないよう頑張ってもらう事をお願いし、エッケンハルトさんにも説明。


 先程よりは安心した様子ではあったけど、完全に心配を拭えない様子だった。

 とはいえ、レオが大丈夫と言っている事に対して異を唱える事はしない。

 これも、シルバーフェンリルを敬う公爵家だからなんだろうか……?

 とりあえず、少しでもエッケンハルトさんの心配を減らすため、ラーレにはあまり速度を出さない事、高く飛び過ぎない事をお願いしておいた。


 ラーレの方も、誰かを乗せて飛ぶのは初めてだし、落とさないように気を付けると請け負ってくれた。

 重い人間を乗せるとバランスが……とも言っていたし、そういった危険性は日頃飛んでいるラーレも把握していたんだろうな。

 


「それじゃ、お願いします! 空を飛べるなんて、夢のようです!」

「キィー!」


 馬車に乗ったりと、屋敷へと出発する際、皆が見守る中でティルラちゃんが、姿勢を低くしたラーレの背中に抱き着く。

 翼を大きく広げ、ティルラちゃんの声に応えるように鳴いたラーレは、その場でばっさばっさと羽ばたいて、ゆっくりと空へ舞い上がって行った。

 ……空を飛ぶというのは、確かに楽しそうだなぁ。

 飛行機には乗った事があるが、鳥型の魔物に乗るのはそれとは違うだろうし……もしティルラちゃんを乗せて飛ぶのに慣れたり、大丈夫そうなら、俺も乗ってみたいな。

 体重とかの問題で無理かもしれないが……。



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