第553話 空を鳥が飛んでいました



「とりあえず、全部終わったか。あとは夕食の支度を……ん? レオ、どうした?」

「ワフ……ワフゥ?」


 倒したオークの片付けも終え、後は夕食を頂いて……となった頃、ふとレオが空を見上げている事に気付く。

 どうしたのかと聞いてみるが、レオ自身もはっきりわかっていないようで、はて? くらいの鳴き声しか返ってこなかった。


「どうしたのだ、タクミ殿?」

「どうされましたか、タクミさん?」

「パパとママ、どうしたのかなー?」

「どうしたのでしょうか?」


 レオの様子を見て首を傾げている俺に、エッケンハルトさんとクレアさんが声をかけてくる。

 リーザとティルラちゃんは、お互い首を傾げ合っていて、とてもかわいい。

 おっと、それどころじゃないな。


「いえ……レオがちょっと。――レオ、上に何かあるのか?」

「レオ様が?」

「……昨夜も似たような事がありましたよね?」

「ワフ。ワウー!」


 エッケンハルトさんに、レオの様子がと伝えた後、上を見上げているレオを見習うように俺も顔を上に向けた。

 エッケンハルトさん達も、同じように見上げ始める。

 クレアさんの言うように、確かに昨夜の見張り中も同じような事があったな。

 さらに、レオが上を見上げながら「そう、同じ!」と言うように吠えた。

 あの時は鳥が飛んでいただけだったけど……?


「ん? 鳥……? 昨日と同じ、か?」

「確かに同じような鳥に見えるな」

「昨夜は暗くてはっきり見えませんでしたが、確かに似ていますね」

「鳥さんだー!」

「鳥さんですねー」


 上を見上げた先には、傾いて見えなくなりかけている太陽とは別に、鳥が飛んでいた。

 昨日の鳥と見比べられないから、はっきりとはしないが、なんとなく似ていて同じ鳥のように見えるな……。

 エッケンハルトさんやクレアさんも同意見のようだ。

 リーザとティルラちゃんは、鳥を見上げて喜んでいるだけだが。


「鳥にしては大きいような気がしないか、タクミ殿?」

「そうなんですかね? ここの鳥をあまり見た事がないので……」

「そういえばそうだったか……」

「お父様、私から見ても確かに大きく見えます。高い位置を飛んでいるので、正確な大きさはわかりませんが……あれ程の場所を飛ぶ鳥というのも、少ないかと思います」

「うむ、私もそう思う。だが、この森に大きな鳥がいるという報告は受けていないな……いや、フェンリルがいたのだ、私達が知らない事も多いのだろうとは思うが」


 エッケンハルトさんに、空を見上げながら聞かれたが、そもそも俺はこの世界の生態系に関して詳しくない。

 鳥自体は森の中や、屋敷にいた時にも見た事はあるが、今見上げている空を飛んでいる鳥程の大きさがいるのかどうかというのはわからない。

 俺が異世界から来たのだという事を思い出した様子だが、それは逆に考えると、それだけ俺がこの世界に馴染んできているという事なのかもしれないな。

 まだまだ知らない事が多いが、それは少し嬉しい……お世話になって、親しくなったからなのかもしれないし、そもそもエッケンハルトさんのうっかりな気がしなくもないけどな。


 クレアさんも確認するように空を見上げながら目を細め、飛んでいる鳥を確認しながらエッケンハルトさんに言う。

 森にどんな鳥がいるのかは、全てを知っているわけじゃないので知らなくても当然なんだろうな。

 もしかしたら、珍しい鳥なのかも?

 だが、そんな鳥がなぜ俺達の頭上を飛んでいるのか……。


 鳥目だとかそういう事は抜きにして、昨夜と同じ鳥だからこそ、同じところを飛んでいるわけだしな。

 一羽だけで飛んでいるので、渡り鳥というわけでもないだろう……そもそもが旋回して、俺達の頭上から離れようとはしていない事からも、違うのは間違いない。


「もしかしたら、魔物なのかもしれませんな」

「魔物ですか?」

「はい。大きな体を持つ鳥の形をした魔物、というのはいます。この森では確認された事はありませんが……ラクトスの北にある山では、多くの鳥のような魔物が生息しておりますので」

「魔物ならば、大きくとも納得できるが……いささか大きすぎではないか? 私が見た事のある鳥の魔物よりも、随分大きく思えるのだが……」

「ラクトスの北にある山でも、あれ程の鳥は確認されておりませんな。……いえ、そういえば……?」

「どうしましたか、セバスチャンさん?」


 空を見上げる俺達へと、ゆっくり近寄ってきたセバスチャンさんが、鳥は魔物ではないかと告げた。

 ラクトスの北にある山には、空を飛ぶ魔物……鳥型の魔物が多いらしい。

 距離としはある程度離れてはいても、空を飛ぶ事で行動範囲が広い鳥の魔物なら、今俺達のいる場所まで来ていても不思議ではないのかもな。

 だが、エッケンハルトさんとセバスチャンさんも、あれ程の大きさがある鳥型の魔物は見た事がないらしい。


 高い場所を飛んでいるから、正確な大きさはわからないが、少なくとも人間よりは大きい……もしかすると、親フェンリル達くらいの大きさはあるかもしれない。

 まぁ、飛ぶために翼を広げている事が、大きく見える原因の一つでもあるんだろう。

 ともあれ、あれ程の魔物は山にもいない……と言ったところで、セバスチャンさんがふと考え込んだ。

 何か、思い当たる事でもあったのだろうかと、視線を下げてセバスチャンさんに問いかける。


「いえ……はっきりとした確認は取れておりませんが、以前あの山の奥で大きな鳥の形をした魔物が、他の魔物を従えていた……という話がありましてな?」

「大きな魔物が、他の魔物を?」

「はい。ですが、鳥の魔物は空を飛ぶため、近づくのも倒すのも容易ではありません。なので、詳しく確認するのに多くの人手が必要とされるため、今まで確認されておりませんでしたが……もしかしたら……と……」

「セバスチャンは、山の奥にいた鳥がここまで来ているのではないか、と考えるのだな?」

「推測ではありますが、そう考えます。というより、他に鳥の魔物がいるような場所がありませんので。魔物とはいえ、わざわざ遠くから移動して、この場所に来た……という事は可能性としては低いかと」

「……そうだな」


 山の奥には大きな鳥型の魔物がいて、他の鳥型の魔物を従えている……という未確認な情報があったと。

 セバスチャンさんは、もしかしたらそれでは……? と考えているようだな。

 確かに、この広いフェンリルの森を除けば、ラクトスの街や屋敷の周辺は山以外の場所は平野になっているため、鳥型の魔物がいるとは考えにくい。

 止まり木がないとか、身を隠す場所がないからな……そういう場所があって、そこにいるのであれば、今まで確認されていないはずもないだろう、という事かな――。



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