第546話 盗み聞きしている人達がいました



「周囲を大事に……公爵家に預けられるまで、あまり考えていない事でしたわ。私達は貴族であり、上位の人間。大事にされるのは当たり前で、私達が周囲を顧みる必要はないと……」

「それは……大事にされるのは当然でもありますが、大事にしてくれる人がいてこそ、成り立つ関係ですよ? クレアさんが言っていたのを、聞いていたはずですが……民がいてこその貴族……でしたかね? ただ貴族だというだけで偉いのではなく、貴族だと言って大事にしてくれる人達がいて、その人達がちゃんと暮らせるように政策を行う事で、成り立つのではないですか?」


 あまり偉そうな事は言えないんだがな……貴族に関してだって、この世界に来てから初めて知った事が多いくらいだ。

 それでも、クレアさんやエッケンハルトさん達公爵家の人々を見ていて、俺なりに貴族とはと考えた時に、出た答えだ。

 ……間違っているかもしれないから、今度エッケンハルトさんと話したり、答え合わせをしよう、うん。

 もし違っていたら、訂正をお願いしないといけないからな。


「貴族でもなんでもない俺が言う事ですから、間違っているかもしれませんけど……考えてみる素地にはなると思いますよ?」

「……」


 深刻な表情をして、黙り込んでしまったアンネさん。

 きっと、頭の中では今俺が言った事と、自分の今までの考えとがせめぎ合っているんだと思う。

 色々言ったが、結局は貴族としてどう振る舞うかはアンネさん次第でもあるので、俺の意見はあくまでも参考として考えて欲しい。

 それでもし、また公爵家や公爵領の人達を脅かすような策略を実行するようであれば、それまでという事だ。


 薄情かもしれないが、俺はアンネさんにこうしろと導くような人間じゃない。

 もしまた同じような事が繰り返されるのであれば、エッケンハルトさんやレオが許さないだろうから、俺だけじゃなく皆の敵になる。

 公爵家の屋敷にいて、何も思わなかったという事のないアンネさんだし、今も俺の意見を聞いて考え込んでいる姿を見ると、そこまでの事はないだろうと安心してもいるけどな。

 ……楽観的過ぎ、かな?


「……しばらく、考えてみますわ。もし、また何か疑問に思う事があれば、聞いてもよろしいでしょうか?」

「俺なんかの意見であれば、いつでも。参考になるかはわかりませんけどね?」

「いえ、クレアさんの言葉よりも、余程響きました。初めて、男性にここまで頭の中をかき乱されましたわ」

「えーと、それはいい事なんでしょうか?」

「ふふふ、それは後々のお楽しみですわ」

「ワフ?」


 この場で決意だとか、意見をまとめる必要はない。

 アンネさんは、しばらく考えてみるようで、黙り込んでいたのを止めて立ち上がった。

 その表情は、今までよりも少しだけ綺麗に見えた気がするのは、気のせいなのかもしれない。

 というか、男性に云々って……変な勘違いを招きかねないから、止めて欲しいな。


 多分、アンネさん自身も特に変わった意味でそう言っているわけじゃないんだろうけど……。

 俺の問いに笑って答えたアンネさんは、なんとなく頬が赤くなっている気がしたが、焚き火のせいだな。

 これまでのアンネさんとは、少し違う印象の表情だが、それを見たレオが首を傾げていた。

 一皮むけた……と言えるのかな? レオもそれに少し気付いたのかもしれない。


「あ、そうだ。これを食べて寝ると、ゆっくりと寝られますよ?」

「これはなんですの?」

「ぐっすりと寝るための薬草です。効果は保証します。安全なので、そのまま食べても問題ないですよ」

「……黒いですわね? 随分怪しい見た目ですわ。けど、頂きます……ング」


 アンネさんがテントへ帰ろうとするところに、俺が荷物から薬草を取り出して渡す。

 俺の事を信用してくれているのか、それともギフトから得られた物だからなのか、訝し気に薬草を見ていたが、すぐに意を決して食べてくれた。

 そうして、安眠薬草を食べたアンネさんは、先程までの事を考えているのか、うんうん唸りながらテントへと戻って行った。

 考え過ぎて寝られない……とかになると明日からが辛いだろうから、今日はしっかり休んで欲しい。

 おそらくだが、シュラフに潜り込んで考え事をしようとしても、すぐに眠気に負けて熟睡する事だろう。


「タクミさん、ありがとうございます」

「タクミ殿、また私の代わりをさせてしまったな。すまない……」

「今日は千客万来ですね。やっぱり、見張りの必要はなかったんじゃないか、レオ?」

「ワフ? ワフワフ」


 アンネさんがテントへ戻って数分、今度はクレアさんとエッケンハルトさんから声をかけられた。

 皆が休む時間を確保するために見張りをしているというのに、この人達は……。

 一応、アンネさんが来た後しばらくして、微かにレオが反応していたため、誰かがいるのはわかっていたんだが……レオが問題にしなかったので、気付かないふりをしていた。

 見張りの必要がないかもとレオに声をかけると、一度首を傾げてエッケンハルトさん達を見て、そうだと言うように頷いた。


「まぁ、そう言うな。偶然、アンネリーゼがタクミ殿の所へ行くのを見たからな。何を話すのかと思っていたのだ」

「……以前、タクミさんへ強引に求婚を迫った前科もありますからね。油断はできません」

「ははは……」


 エッケンハルトさんは盗み聞きしていた事を、少し申し訳なさそうに、クレアさんは胸元へ両手をもってきて握って何か力が入っている。

 求婚というか、似たような話はされたしぶり返されたが、クレアさんの言うように強引に迫る……と言う程ではなかったと思うんだがなぁ。

 まぁ、傍からだとそう見えるのかもしれないな。

 前回も今回も、伯爵家……というのを前面に出していたのは間違いないし。


「それにしても、『周囲の人間を大事に、領民を大事にする事で、少しずつ信頼が得られる』か……至極名言だな。公爵家としても、忘れず領民から信頼されたいものだ」


 レオを撫でている俺の横へ座ったエッケンハルトさんが、先程アンネさんに言った言葉を反芻するように言った。

 その場の思いつきというのもあったから、繰り返されるのは面映ゆいな。

 クレアさんは、俺の反対側からレオを撫でながら、頷いているし……。

 両側から撫でられて、レオの方はご満悦といった表情だった――。



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