第543話 本日の話し相手はアンネさんでした 



 フェンリル達の寝る場所は、レオがそうするように言って行った配置ではあるんだが、一応念のため人間が見張る事も重要と判断したセバスチャンさんによって、いつもと変わらず見張りが行われる事となった。

 まぁ、フェンリル達だけだと、いざという時に吠えるくらいしかできず、正確な伝達ができないためでもあるんだろうが、フェンリルにシルバーフェンリルがいる状況で、脅威になるような事ってないよなぁ……なんて考えてしまっていた。


 ちなみに、リーザはアンネさんと一緒にフェンリル達の所へ行っており、今頃モコモコの毛に包まれている事だろう。

 ……ちゃんとテントで寝て欲しいから、そのまま寝たりしなければいいんだけどな。


「そういえば、シェリーもフェンリル達と一緒だったか?」

「ワフ」


 俺の呟きに、レオが頷いて肯定してくれる。

 今はまだ一緒にいられるが、屋敷へ帰るかフェンリル達が森の奥へ戻るとなれば、また離れ離れになる。

 まだ幼いシェリーだから、今のうちに甘えておくのは悪い事じゃないだろう。

 レオも、シェリーに対して厳しくしたりしてはいるが、そういった部分ではむしろ甘えろと言うように促したりしているしな。


「タクミさん」

「ん?」


 レオを撫でつつ、のんびりしながら焚き火の日を見つめていると、後ろから声をかけられた。

 レオの方は気付いていたようだが、この場で見知らぬ人なんていないから、特に気にしていないようだ。

 ……俺が見張りをしていると、誰かが来て話が始まる問題……今日は一体誰なのか。


「……アンネさん?」


 本日のお客様は伯爵家の令嬢こと、アンネリーゼ嬢のようだ。

 冗談はさておき、フェンリル達の所でリーザと一緒にいたはずなのに、どうしたんだろう?

 こちらに近付いて声をかけてきたアンネさんは、俺が首を傾げるのを見ながら、レオからは離れるように距離を取って、俺の向かいへと座った。

 クレアさんと同じような金髪だが、アンネさんの方が少し黄色が強い色合いをしていて、焚き火に照らされたつややかな髪がとても綺麗だ。


 ハンネスさんへの飛び込み土下座とか、起こしに来た父親へ適当な提案をしたり、リーザが怖がらないように縦ロールの先っぽを蝶々結びにしたりと、突拍子もない事をする人ではあるが、黙っていると美人なのは間違いない。

 今は違うが、普段の縦ロールは喋り方もあってクレアさんより、貴族令嬢であると思えるくらいだ。

 間違いなく、クレアさんの方がしっかりしているんだけどな。


「少し、時間を頂きますわ」

「それはいいんですけど……寝られないんですか?」

「外でテントだなんて、慣れなくて寝られませんわよ。……今日までは、森を歩いていた疲れもあって、ぐっすりでしたけど」


 森での活動なんて、アンネさんは絶対慣れていないだろうなと思うから、早く寝ておいた方がいいのに……と思いながら聞くと、むしろテントで寝る事にも慣れないから寝られないとの事だ。

 そんなものかぁ……確かに、貴族令嬢ともなれば、テントでシュラフにくるまって寝る事なんてほとんどないんだろうが……。

 街から街へ移動する時とか、どうしてたんだろう?

 馬や馬車での移動なのはわかるけど、移動に数日かかったりするだろうし、そもそも公爵家の本邸からこちらの屋敷まででも、数日はかかるはずなのに。


「では、寝られるまでここに?」

「そうさせて頂きますわ。テントの中にいるよりは、こちらの方がよっぽど落ち着きますもの。はぁ……燃える火はいいですね……」


 そう言って、焚き火をジッと見つめるアンネさん。

 確かに、焚き火を見つめるというのは落ち着くし、意外にも飽きる事が少ないとは思うけど……アンネさんがそう言うと、変な事を考えていそうで少し怖い。

 何でもかんでも燃やす事に、目覚めたりしなければいいんだけど……。


「そういえば、フェンリルは普通に撫でていたのに、レオはまだ怖いんですね?」

「ワフ……」

「それはそうですわよ。フェンリルは、絶対に人間が敵わないという相手ではありませんわ。……今日見たオークとの戦いは、予想以上でしたけれども……。けど、シルバーフェンリルは人間が……いえ、どの種族もかなわないとされる最強の種族。怖がって当然ですわ」

「ワウゥ……」

「よしよし、アンネさん以外は、怖がったりしないからな?」

「……別に、落ち込ませようとは思っていませんでしたのに」


 今もレオから距離を取って座っているアンネさんだが、フェンリルが来た時は今すぐにでも撫でたいと騒いでいたし、実際にその後恍惚の表情で撫でていた。

 ……恍惚の表情は忘れよう……一応とはいえ貴族のご令嬢がしていい表情じゃなかったしな。

 ともかく、大きさはまだレオの方が大きいが、フェンリルも十分に大きい。

 オークと戦った時もそうだが、そこらの人間が敵う相手じゃないはずなのに、なぜレオは怖がってもフェンリルの方は大丈夫だったのか気になった。


 聞いてみると、すんなり答えてくれたが……うーん……。

 確かに、人間が絶対に敵わないというわけじゃないが、それでも通常一対一で敵うとはとても思えない。

 世界中を探せば、もしかしたら人間にも単独でフェンリルと戦える人がいるのかもしれないが……そういうのは特別だな。

 通常だと多数の人間で囲んで弱るように、魔法で攻撃し……という手順を踏まないと勝てそうにもない相手なんだが、そういう部分はわかってるのかな、アンネさん。


 いやまぁ、レオというかシルバーフェンリルは、そもそもそういう事をしても敵わない可能性もあるから、レオの方が怖いというのはわからなくもないんだが……。

 アンネさんの説明に、怖がられている事に対して落ち込んだ様子になってしまったレオを、撫でて励ましておく。

 その様子を見たアンネさんは、そっぽを向いて呟いていた。

 多分、人とのつながりが希薄だったアンネさんだから、こういった気遣いとか言動に注意という事があまりできないんだろうな……悪い人ではないんだ……多分。


 そういう意味でも、クレアさんを見て学ぶというのはいずれ役に立つかもしれないな。

 エッケンハルトさんは……あまり見習わない方がいいかもしれない……いや、貴族としてならいいんだろうけど……。



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