第537話 森を少しだけ安全にする方法を相談しました



 フェンリル達の食事を見ながらも、皆が怖がったりしていないのは、先程、親フェンリルを撫でたりしていたから、早々に慣れたんだろう。

 屋敷内で、いつもレオやシェリーを見ていた事で、早く慣れる事ができたんだろうと思う。


「昨日、フェンリルは人間にとって危険な魔物であると、再認識したばかりなのにな。友好関係を築けるとは思わなかった」

「ほとんどというか、全部レオのおかげな気もしますけど。あと、シェリーもですね」

「シェリーに関しては、タクミ殿とクレアの功績が大きいだろうな。しかし、獰猛で知られるフェンリルがあんなにおとなしいとは……先程も撫でさせてもらったが、誰かに話しても実際に見ないと信じられない光景だろうなぁ……」


 シェリーがいる事も大きいが、絶対的な存在としてレオが君臨しているおかげで、フェンリルが俺達を襲う事はないんだろう。

 あと、懐いてみれば、美味しい食事と撫でられて気持ちいいから……という感情がフェンリルから見え隠れするような気もするが……野生ってそれでいいのかと思わなくもない。


「……この森は危険な森という認識だったのだが、安全な森にしか見えなくなったな」

「まぁ、オークは俺も倒せるようになりましたしね。シェリーはまだしも、親フェンリル達はトロルドにすら負けないでしょうし……そもそも、レオがいますからね」

「そうだな。……ふむ、フェンリル達がこの森を守っているのであれば、ラクトス周辺の安全はある程度保たれるか……」

「何か考えでもあるんですか?」

「いやなに、人間が軽い気持ちで入り込んで、フェンリルにちょっかいを出すような事はしてはいけないが……フェンリルがいてくれるのであれば、森の魔物も増え過ぎず、危険は少なくなるのかもとな。それに、あわよくば人間を襲わないようにという約束もできれば……」


 エッケンハルトさんが考えているのは、フェンリルによる治安活動……とも言えるのかな?

 オークが多いこの森では、奥へ行けばトロルドも確認されているため、人間にとっては危険な森だ。

 しかも、公爵家の成り立ちと関わりがあるため、フェンリルの森と呼ばれている。

 おかげであまり人が近付かないはずだが、それでも中に入る命知らずはいる……初めて会った時のクレアさんのように。


 もっと奥へ行けばレオ以外のシルバーフェンリルがいるかもしれない、という事もあるが、フェンリルが群れで棲んでいる事は確実だ。

 迂闊に人間が入って襲われたら、ひとたまりもないだろうが、そのフェンリルが人を襲わなくなれば、多少は安全が確保できる可能性があるという事だろう。

 まぁそれでも、他に魔物はいるし、絶対に安全というわけでもないんだけどな。


「今まで、ここで人間がフェンリルに襲われた事ってあるんですか?」

「私が知っている限りではないな。あの親フェンリル達が言うには、奥に棲んでいるようなので、遭遇する事もほとんどないのだろう。そもそも、明確に禁じてはいないが、周辺に住む者達はこの森へ入ろうとはしないからな」

「それなら、特に約束しなくてもいいんじゃないですか?」

「稀に、入り込む者がいるからな。その者が無事に帰る事ができるように……だな。まぁ、オークに襲われてとかであれば、仕方ないが。単純に、フェンリルが住む事を知っている私達だけの、安心感を得ようという事でもあるな」

「成る程……それなら、オークや他の魔物を減らしておいてほしいと、お願いするのもいいかもしれませんね。ほら、あんなに食欲旺盛ですから……」

「それは……そうできれば一番だとは思うが……承諾してくれるのだろうか?」

「あくまでお願いで、強制ではありません。一応、お願いしてみるというだけで……」

「そうだな。断られてもともとと考えて、頼むだけなら構わんか」


 フェンリルがこの森にいる事が確実であると、大っぴらにはしないんだろうが……ともあれ、もし人間が入り込んだ場合でも、襲われる事なく済ませたいのだろう。

 今親フェンリル達はおとなしく料理を食べているが、それはレオがいてこそだからな。

 レオと関係している俺や、シェリーと関係のあるクレアさんなど、今ここにいる人達ならまだしも、誰かわからないような人間が森に入り込んで、フェンリルと遭遇した場合、襲われる可能性は高い。

 エッケンハルトさんは、そうした人たちを減らそうと考えているんだろう。


 確かに、以前クレアさん達にも聞いたが、この森は初代公爵家当主様がシルバーフェンリルと出会った森と言われ、敬われている事もあって人の出入りはほとんどないようだ。

 それでも、たまに旅の道程を短縮するために入り込んだり、好奇心だとかオークを狩るために入る人がいるそうだ。

 公爵家自体が、森への侵入を禁止しているわけでもないし、全てを取り締まる事もできないだろうから、人間を襲わないようにするかはともかく、オークなんかの数を減らす事を頼むのはどうかと提案してみる事にした。

 まぁ、いきなり森に入るな! なんてお触れを出したら、公爵家が何か企んでいるんじゃないかと疑われたり、不満を持つ領民もいる可能性がある品。

 ラクトスにはそういう人間はほぼいないようだが、広い森だから、隣接とは言わないまでも、近くに村や街がある事だってあるうえ、森の恵みを求めて……という事だってあるのだから。


「フェンリル……えっと、レオ。ちょっといいか?」

「ワフ?」


 エッケンハルトさんと二人、フェンリルを呼ぼうとして止め、レオを代わりに呼ぶ。

 フェンリルとは、リーザなどの通訳を間に入れないと話せないし、レオを通した方が話が早いだろうしな。


「……つまり、オークの数を減らせば、森の中に人が入っても無事で済む確率を増やそうって事だ」

「ワフ……ワフワフ?」

「フェンリルは、あまり広範囲に行動してないかも? って言ってるよー」


 先程までエッケンハルトさんと話していた内容を説明し、フェンリルに頼む内容を教える。

 リーザはレオの背中に乗ったまま、エッケンハルトさんに通訳をして教えていた。

 うんうん、いい子だなぁ――。



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