第510話 リーザに気負いはないようでした



「それじゃ、レオ。もう一度薬草を……」

「ワフ。ワゥ……」

「やっぱり味が不味いよなぁ。すまないな」

「……ワフ」


 少ししんみりしてしまった話を終えて、さっき順番に戦った時のような配置になった俺達。

 改めて効果が切れているであろう、気配察知を強化する薬草をレオに食べてもらう。

 レオにオークの位置を探ってもらうためだが、やはり味がいまいちらしく、顔をしかめる。

 薬草を食べてもらっているレオに、謝りながら慰めるように頭をしっかり撫でておこう。


「準備できました、エッケンハルトさん。リーザは?」

「大丈夫そうだ。ティルラの時のような緊張はない。オークを脅威と考えていないからなんだろうが……タクミ殿やティルラの戦いを見て、御しやすい相手と見えたからゆえの油断か、それとも自分の力を把握して、オークに勝てると見込んでの余裕なのか……」

「どうなんでしょう……まぁ、俺もそうですが、レオがいる事への安心感はあるとは思いますが……」

「なんにせよ、先程私に見せた実力をそのまま発揮すれば、負けることはないだろう。使う武器が気になるがな」

「やっぱり、剣は無理そうですか?」

「うむ。私や護衛の者が使っている剣はもちろんの事、ティルラの持つ特注の剣でも大き過ぎるようだ。ナイフ以外では動きが安定しない。尻尾を使ってバランスを取っていたが……実力を発揮できないようでは危ないだろう。今回は持っているナイフを使う事にした」


 オークと戦う事が決まって、一番の不安なのはリーザの武器。

 ただでさえ体が小さいためにリーチの短いリーザだから、できるだけ長い得物を持たせてやりたかったが、それも難かしい様子。

 エッケンハルトさんは、レオに薬草を食べさせている間、リーザに対して簡単に武器を持ち換えさせてみたりと試したみたいだが、駄目だったようだ。

 オークからすると、リーザはお腹くらいの身長しかなく、腕の長さは当然オークの方が長い。


 リーチの長さというのは、そのまま戦闘の有利不利を決めることもあるが、今回は仕方ないか。

 さらにエッケンハルトさんとの腕試しの時と同じなら、リーザはナイフを逆手に持つからな……さらにリーチは短くなってしまう。

 俺どころか、シェリーよりも素早い動きでオークを翻弄して、怪我のないように戦ってくれればいいんだが……。

 ちなみに、リーザの体に対して大きめの尻尾を使ってバランスを取っていた事は、クレアさんやメイドさん達がほっこりしていたらしいというのは後で聞いた話だ。


「パパ、リーザ頑張るから、見ててね!」

「あぁ、もちろんだ。危なくなったら助けに行くからな?」

「ワフ!」

「うん。でも大丈夫だよ! 頑張る!」


 エッケンハルトさんと話していた俺に、鞘に納めたままのナイフを持って、やる気十分で元気に声をかけてくるリーザ。

 それにしっかり頷いて応えてやり、危ない時は助ける事を約束する。

 レオも一緒に頷いてくれたのは、心強い。

 リーザも嬉しそうに頷いた後、ムンッ! と呼気を吐くようにしながら拳を握っていた。


「……そろそろか」

「そうですね。遠くから音が聞こえますから」


 レオにオークの気配を察知してもらい、フィリップさん達におびき寄せてもらうという、もう割と慣れた流れ。

 今回はリーザを驚かせたりしないよう、連れて来るオークは必ず一体にするとフィリップさん達が意気込んでいた。

 まぁ、二体以上でもレオが対処するとは思うんだが、リーザには一体に集中して欲しいからありがたい。

 前に出ているリーザを後ろから見守りながら、エッケンハルトさんの声に頷いて森へと意識を向けると、奥の方で木々が揺れる音が聞こえる。


 あと数分もかからないだろうな。

 今回はフィリップさん達も気を付けているだろうから、俺の時のようにオークが興奮していなければいいがなぁ。


「んっんっ、んー……っと」


 俺やエッケンハルトさんから数メートル程森に近い場所では、リーザが抜き身のナイフを持って体を動かしたり伸ばしたりして、準備運動をしている。

 森の方を向いているので表情はわからないが、小さな背中には気負った様子も、緊張している様子も感じられなかった。


「リーザちゃん、私は緊張したのに……すごいです」


 俺やエッケンハルトさんの後ろから、クレアさんやアンネさんと一緒にいたティルラちゃんが呟く声が聞こえる。

 確かに、ティルラちゃんはかなり緊張していたからな……まぁでも、実際の戦闘になると緊張していたのが嘘のように動けていたから、ティルラちゃんも十分すごいんだが。

 ちなみに、クレアさんはリーザが心配だからと近い場所で見守っているが、今回はアンネさんも一緒だ。

 俺が戦った時は川の近くにいたのに、リーザが余程心配らしい……まぁ、結構仲良くやっていたからな。


「しかしなんだな……後姿が見えるからなんだが、少々困るな」

「リーザを変な目で見ないで下さい。変態と呼びますよ?」

「ワウ?」

「いやいや、変な目では見ておらんぞ、うむ。クレアやティルラという娘を育てた経験もあるのだしな」


 森の方へ向いてやる気になっているリーザを後ろから見ながら、難しい表情をして言いにくそうにしているエッケンハルトさん。

 だがその目は、はっきりとリーザの尻尾を見ていた……いや、尻尾の付け根だな。

 元々森へ入るのも邪魔になりそうで、動きづらそうなスカートを履いていたんだが、戦闘を行うとあって急遽ティルラちゃんのズボンを借りている。


 エッケンハルトさんとの腕試しの時は、さすがに用意できずにスカートのままだったが、さすがにひらひらしていて動きの邪魔をしていたようだから、というのが理由だ。

 しかし、リーザには尻尾があってティルラちゃんにはない。

 ズボンを履くのに尻尾の付け根の下までというわけにもいかず、穴を開けて対処していた。

 ただ、できるだけ小さい穴で、リーザ自身の尻尾が大きいとはいえ、揺らしたりすると見えてしまう事もある。


 ライラさんが器用に穴を開けてくれたが、ハルトンさんの仕立て屋のように穴隠しを付けることはできなかった……道具も持って来ていないしな。

 そのため、エッケンハルトさんが言いたい事はわかるが、変な目で見ないように釘を刺しておく。

 レオも若干剣呑な目でエッケンハルトさんを見て、見るなよ? とでも言いたげに鳴いた。

 オジサンが年端もいかない女の子に対して、変な目で見るのは変態扱いされてもおかしくないだろう。


 とはいえ、クレアさんやティルラちゃんを育てた事があるために、そういった意図はないようだ。

 まぁ、当然か……変な意図があった場合、クレアさんとレオによる厳しい説教が待っていただろうしな――。


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