第506話 腕試しが終わりました



「ふむ……全力か……。確かにな。全力で向かってくる相手を子供だと侮るのは、失礼だったか……」

「お父様!?」

「心配するな、そうは言っても加減はする」


 リーザの言葉を聞いて、エッケンハルトさんは何を思ったのか、今までと違って剣を構え、リーザに相対する。

 その姿を見てクレアさんが驚き、声を上げるが、そちらにチラリと視線を向けて声をかけるだけで済ませた。

 さすがのクレアさんも、いつもと違って真剣な眼差しになったエッケンハルトさんを止める事はできないようだ。


「いつでもいいぞ、リーザ」

「はい、行くよー!」


 リーザを見据え、剣を構えて声をかけるエッケンハルトさん。

 にわかに緊迫して来たこの場の空気にそぐわないような、元気で明るい声を出して、リーザが再びエッケンハルトさんへと弾かれたように向かった。

 リーザの声が、少し楽しそうに聞こえたのは気のせいだろうか……?

 これももしかしたら、獣人の特性の一つ……なのかもしれないな。



「ぬぅ……中々やるな……だが! っ!」

「きゃんっ!」

「ワフ!?」

「リーザ!?」

「リーザちゃん!?」


 俺も含め、周囲の皆が驚きを隠せないまま、小さな体から繰り出されるとは思えない程の速度でナイフを操るリーザ。

 しかしエッケンハルトさんはさすがと言うべきか、剣を使って受け止めたり弾いたりと、一向に体に触れさせたりはしない。

 さらに、加減すると言っていた言葉通りなのか、エッケンハルトさんから反撃を行う事はなく、常にリーザが攻撃を繰り出すのを防ぐだけに務めていた。


 それがしばらく続いた後、リーザが下から振り上げたナイフを剣で受け止めたエッケンハルトさんが、手元を器用に動かし、すくうようにしてリーザのナイフを弾いた。

 力も結構入っていたんだろう、ナイフと一緒にリーザの体も投げ出され、少し離れた場所に背中から地面に倒れた。

 その時にナイフを放してしまったのか、リーザから離れた場所に突き刺さる。

 俺やレオ、クレアさんはリーザの体が投げ出された事に驚き、思わず声を上げた。


「そこまで!」


 リーザが投げ出され、ナイフを手放した事でフィリップさんが叫び、試験が終わる。

 その声を聞いて、エッケンハルトさんが剣を鞘へと納めた。


「……ふぅ」

「んー……駄目だったかなぁ……?」

「いや、中々鋭い攻撃だったぞ? だが、相手が悪かった事と、まだまだ鍛錬不足と言うだけだろうな。……将来が楽しみだ」


 軽く息を吐いているエッケンハルトさんに、起き上がって地べたに座ったリーザが、項垂れて呟いた

 それに対しエッケンハルトさんは、俺やティルラちゃんに教えるように声をかけ、助言をしているようだ。

 鍛錬不足なのは、今までこういう事をして来なかったので当たり前だし、相手がエッケンハルトさんと言う時点で勝てなくて当たり前なんだけどなぁ。


「リーザちゃん!」

「おっと……リーザ、怪我はないか?」

「ワフゥ?」

「あ、クレアお姉ちゃん。パパにママも! ……ごめんなさい、リーザ負けちゃった……」


 言葉を交わしているエッケンハルトさんとリーザの所へ、弾かれたように駆け出すクレアさん。

 それを見て、俺も行かなければとレオと一緒にリーザへと駆け寄って声をかけた。

 俺達を見て、一瞬だけ嬉しそうにしたリーザだが、すぐに落ち込んだ表情で謝る。

 元々勝てるような事ではなかったし、それが目的じゃないから負けても良かったんだが、リーザとしてはやる以上は勝ちたかったみたいだな。

 まぁ、わかってても負けるよりは勝ちたいと思うのは当然か。


「ううん、いいのよリーザちゃん。こんなオジサンに勝てなくても、謝る必要はないわ。……怪我はない?」

「うん、大丈夫。手加減してくれたみたいだし……」

「そう、良かったわ……」

「わぷ! クレアお姉ちゃん、ちょっと苦しいよ……」

「……タクミ殿……クレアが父親じゃなくオジサン呼びなのだが……?」

「多分、リーザに剣を向けたから……でしょうね。気持ちはわかります」

「それは……私の気持ちか? それとも、クレアの気持ちか? なんとなくわかってはいるが……」

「ワフ……」

「ご想像にお任せしますよ」


 いち早くリーザに駆け寄ったクレアさんが、怪我がないかを確認。

 ついでにエッケンハルトさんを、いつものお父様ではなくオジサン呼びをする。

 リーザの服は、背中から地面に落ちたために、尻尾も含めて多少汚れてはいるが、怪我がない事は間違いないようで、本人も笑って大丈夫と言った。

 それを確認して、クレアさんはリーザを思いっきり胸に抱きしめて、耳も含めて頭を撫でる。


 クレアさんの胸に顔を埋めたリーザは、少しだけ苦しそうにもがいていたが、撫でられて気持ちいいのかすぐにおとなしくなった。

 それはともかく、負けたわけではないのに落ち込んでいるオジサン……もといエッケンハルトさんが、ボソッとクレアさんに聞こえないよう、俺の耳元で呟く。

 まぁ、リーザに対して……とクレアさんなりに思う事があったんだろうし、もっと穏便に済ませられなかったのかと思うから、慰めはしない。

 ……穏便に済ませられなかったのは俺も一緒なんだがな。


 続いてレオも、当然だと言わんばかりに小さく鳴き、エッケンハルトさんの想像通りである事を伝えた。

 それを聞いて項垂れたエッケンハルトさんだが……心の中で同情するだけにしておこう。



「それにしても驚きましたな。まだ小さいはずなのに、あれ程の動きとは……」

「うむ。獣人だからなのかはわからないが、私も驚いた。タクミ殿は知っていたのか?」

「いえ、俺は知りませんでした。レオも驚いていたようですし……今までそんな素振りは……いや、走ったりしても全然疲れていなかったりはしましたが……」

「そうだったな」

「動きの速さだけで言えば、私達よりも上でしょう。ただ、不慣れなのか正確さはまだまだのようです……」


 セバスチャンさん、エッケンハルトさん、フィリップさんと俺の四人で固まり、先程のリーザの動きに対して感想を話し合う。

 ちなみにリーザはエッケンハルトさんに弾かれて、背中や尻尾が汚れてしまったので、川へと洗いに行っている。

 クレアさんやアンネさん、レオやシェリーも一緒だ。



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