第504話 リーザはやる気満々のようでした



「んっ! んっ!」


 やる気満々で、抜き身のナイフをぶんぶん振っているリーザ。

 このナイフが振られているのは、買ってから初めて見るが、リーザに危なっかしい様子はない。

 もしかしたら、レインドルフさんが少しだけ教えたとか、スラムで生活していたから覚える必要があった……とかかもしれないが、それでもリーチの短いナイフを持つリーザは、幼い子供な事もあって頼りなく見える。

 リーザを心配し過ぎてそう見えるのかもしれないが……かといって、刃渡りの長い剣を持たせても、リーザの体では満足に使えなさそうだし……うぅむ。


「ワフ、ワフ?」

「大丈夫だよ、ママ! リーザ頑張るから!」

「ワフゥ……」

「キュゥ?」


 俺が考え込んでいる横で、レオがリーザに鼻先を寄せて心配そうな声を漏らす。

 それに対しリーザは、自信満々に笑って答えていた。

 先程まで、少し自信がなさそうな部分もあったんだが、ナイフを持った事で何やら手ごたえを感じているのかもしれない。

 シェリーの方は……なんで皆がこれだけ心配しているのかわからないようで、俺やレオと同じく心配している表情のティルラちゃんに抱かれて、首を傾げている。


 リーザと比べたらさらに体が小さく、フェンリルではあるが生まれてあまり時間の経っていないシェリーにとっては、同じ子供のリーザが心配される理由がわからないのかもな。

 シェリーとリーザは裏庭でレオと一緒に走って、シェリーはフラフラして歩くのもままならない程疲労していたのに対し、リーザは平気そうだったから、それもあるのかもしれない。


「お父様! どうして止めないのですか!? リーザちゃんのような子を戦わせるなんて! いえ、止めるどころかこんな事をしようとしてっ!」

「お、落ち着けクレア……一応、考えがあってだな? 私なら手加減ができるどころか、リーザに怪我をさせないようにして諦めさせられるだろうと考えてだな……?」


 クレアさんの怒る声が聞こえるから……あちらはもう少しかかりそうだな。

 リーザの事を、ティルラちゃんと同じ妹のように可愛がっているクレアさんだから、急にこんな事をしようとしているエッケンハルトさんに怒っているんだろう。

 エッケンハルトさんの方は、気圧されながらも、これからの趣旨を説明。

 焚き火を離れている間に、俺もこっそりエッケンハルトさんの考えを聞かされている。


 それでも、やっぱりリーザがナイフを持って戦うという事に、不安というかなんというか……微妙な感覚があるんだけどな。

 レオは耳もいいから、こっそり話していても聞こえていたようで、内容も知っているはずなんだが、俺と同じように心配している。

 これも、親心なんだろうか……?


 ちなみに、エッケンハルトさんから伝えられた内容はこうだ。

 まず、リーザが本当にオークと戦っても大丈夫かどうかを判断するため、エッケンハルトさんと模擬戦をする。

 当然、エッケンハルトさんは避けたり防御をするだけだ。

 そのうえで、リーザがどう動くかを見て、戦う許可をしてもいいかどうかを判断。


 もちろん、戦闘どころか武器を扱って……という事を学んだ事のないリーザが、エッケンハルトさん相手に渡り合えるはずもなく、なすすべもなくナイフを空振りさせるだけ……というのが予想だ。

 そうする事で、リーザに自分はまだまだだと自覚させたうえ、周囲で見ている他の俺達以外の人達もオークと戦うのはまだ早いと判断。

 俺も含めて皆は、リーザがオークと戦う事に反対する心情なはずだから、甘い判定をすることはないだろうとの事。

 そうして、リーザ自身を傷付ける事なく、オークと戦う事を否定するのだとか。


 ……自分がまだ戦えないとわかった時点で、リーザが傷付きそうとも思うんだが……エッケンハルトさん曰く、頭ごなしに否定するよりも、そうやって悟らせた方が将来的にも良いと言われて、納得してしまった。

 父親歴としては、エッケンハルトさんの方が長いからなぁ……。

 とはいえ、エッケンハルトさんがリーザを怪我させる事はないだろうとわかっていても、心配なのには変わりないんだが。


「クレアお嬢様、そろそろ……」

「はぁ……わかったわ。――お父様の意図はわかりました。ですがくれぐれも、リーザちゃんに怪我をさせるような事があれば……」

「……あ、あれば?」

「私とティルラは、しばらくお父様と口を聞きません!」

「っ! っ!」

「くっ! それは辛い……元々、傷付ける気はなかったが、細心の注意を払うと約束する」

「えぇ、そうして下さい。……もっとも、私が何かという以前に、レオ様からお叱りを受けそうですけども……」

「ワフ!」

「……絶対に、傷つける事はしないぞ! うむ!」


 セバスチャンさんがクレアさんを止めに入り、溜め息一つ。

 その後、エッケンハルトさんから離れようとしたところで、念を押すように低めの声で脅すクレアさん。

 口を聞かないだけ……というのは軽いようにも思えたが、娘を持つ父親としては凄く嫌な事なのかもしれない。

 俺だって、リーザから無視とかされたら、数日は落ち込む自信があるしな……そんな事をする子じゃないだろうが。

 ティルラちゃんもこちらで力強く頷いているのを見て、エッケンハルトさんが細心の注意を払うと約束する。


 さらにボソッと呟いて、追い打ちをかけるクレアさん。

 本当、父親に対しては容赦がないなぁ……いや、アンネさんにもか……それだけ気安いというか、仲がいいという事なんだろうけども。

 クレアさんの呟きに、レオがエッケンハルトさんを睨むようにしながら力強く頷いた。

 レオから叱られるという事で、何を想像したのかはわからないが、エッケンハルトさんは戦々恐々としながら、リーザを傷付けない事を誓った。


 これだけされると、さすがにエッケンハルトさんがかわいそうになってくるな。

 言い出したのはリーザなんだから、迷惑をかけてしまったかなとも思う。

 ……とはいえ、本当にリーザがこれで怪我をしてしまったら、俺はレオを止められないだろうな……。



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