第490話 オーク一体はレオがあっという間にやっつけました



 ティルラちゃんの持っている特注の剣は、刀とは違って短めだから、簡単に足を切断したりはできなくとも、足を斬り付けて怪我を負わせる事で動きを鈍らせたりする事くらいはできるはずだ。

 まぁ、これらの事は、オークが突進して来たら……という想定でしか使えないが。

 先程フィリップさん達は、完全に頭に血を昇らせたオークを連れて来たが、今回は戦うのがティルラちゃんだとわかっているため、もう少しマシな状況になっているのではないか……と思う。

 さすがに初めて戦う少女に、いきなり突進しているオークを押し付けるなんて事はしないだろうしなぁ。


「タクミ様、先程のオークですが……」

「はい?」


 ティルラちゃんの後ろから、アドバイスのような声援を送るエッケンハルトさんを見ていたら、後ろからメイドさんに話し掛けられた。

 どうやら、先程俺が倒したオークに関してらしい。


「こちらで川に運び、血抜きをさせて頂きますね?」

「あぁ、はい。よろしくお願いします」


 話し掛けてきたメイドさんの用件は、オークの血抜きに関する事だった。

 血抜きをして、今日の食料にするつもりなんだろう。

 森の中の中でフィリップさん達が倒したオークの方も、後で回収して食材にした方がいいかな。

 さすがに、おびき寄せる役割のフィリップさん達を邪魔したらいけないし、他の魔物と遭遇してもいけないから、今は行かないが。


「ワフ」


 メイドさんとの確認が終わり、執事さんと護衛さん達に運ばれて行くオークを見送っていると、隣でレオが鳴いた。

 それとほぼ同時に、森の方からガサガサという音が近づいて来る。

 フィリップさん達が、オークをおびき寄せて帰って来たかな?


「申し訳ありません! レオ様の感知したように近くに別のオークもいたので、そちらに感づかれないようにするのが厳しく、二体になりました!」


 森から先に抜け出してきた、護衛さんの一人が、早口にそうまくしたてた。

 確かに、先程レオに感知してもらった時は、三体のオークの他に、別のオークが数体いると言っていたので、そちらに感づかれないよう、三体だけをおびき寄せるには苦労したんだろう。

 だが、二体か……さすがに初の実践でいきなりオーク二体は厳しいだろうな……。

 と思っていると、俺の隣にいたレオがティルラちゃんの隣へ。


「レオ様?」

「ワフ」


 何やらレオが任せろと言っているような雰囲気。

 その間にも、こちらに早口で報告をした護衛さんの後ろから、ニコラさんとフィリップさんも抜け出してくる。

 それぞれ、一体しか処理できなかった事で、厳しい表情をしていたが、ティルラちゃんの隣に立つレオを見て安心した表情になった。

 まぁ、レオがいればオークなんて物の数じゃないしなぁ……前回森に来た時も、あっという間に三体のオークを倒すところを見ているし。


「ギュオォォ!!」

「ギュオ! ギュオ!」


 フィリップさん達に続いて、オークが二体同時に森から抜け出してくる。

 そのオーク達は先程とは違い、突進はしているものの、顔を真っ赤にさせてはいなかった。

 フィリップさん達が挑発の加減を覚えたのかもしれないな。


「……よし、レオ、行け!」

「ガウ!」

「ギュオ!?」

「ギュァッ!!」


 フィリップさん達が、ティルラちゃんとレオの横を走り抜けたのを見て、俺から合図を出す。

 以前部屋で練習していたものだな。

 俺の声に素早く反応したレオが、突進して来ているオークに飛びかかる。

 レオは二体いるオークのうち、右側の一体を素早く右前足の爪で斬り裂き、真っ二つにした後、そのまま森の方へと走り抜けた。


 レオに襲われたオーク達は、一体が驚いて足を止め、真っ二つにされた方は短い悲鳴を上げる事しかできなかった。

 残ったオークは、ティルラちゃんに任せるつもりなんだろうが、レオは何故森の方へ抜けて行ったんだろう……?


「ギュ!? ギュオ?」

「……あ、なるほどな」


 てっきりオークを処理した後は戻ってくると思っていたんだが、レオが森の方へ走り抜けた事で、オークの逃げ道をなくしたわけか。

 一瞬で仲間がやられ、レオの脅威をまざまざと見せつけられたオークは、逃げようと戸惑っているが、森の方へ行こうとするとレオが待っているため、当然やられる。

 こちらの方では、ティルラちゃんが剣を持って構えているし、他にも人間が複数……。

 自分はどうすれば……と戸惑っているオークの様子が見て取れる。


「ティルラ、今がチャンスだぞ? レオ様が残してくれた機会を無駄にするな?」

「……はい! っ!」

「ギュ!? ギュアアア!!」


 俺と同じく、様子を見ていたエッケンハルトさんは、オークに聞こえない程度の声で、ティルラちゃんに言った。

 色々と目まぐるしいせいで、少しの逡巡をしたティルラちゃんだが、すぐに頷いて剣を構えたままオークへと駆けた。

 オークの方は、森に逃げるわけにもいかず、どうしようとなっているように見えたが、向かって来るのがティルラちゃんという小さい人間一人だけという事に、少しの驚きを見せた後、すぐにそちらを標的にしたようだ。

 ティルラちゃんがオークに向かい、オークはティルラちゃんに向かうが、オーク側は突進しようとしても助走距離が足らずに威力は半減以下だろう。


 それを知ってか知らずか、向かって来るティルラちゃんに対し、オークは右腕を振り上げる。

 おそらく、ティルラちゃんをその太い腕でぶん殴ろうとしているんだろう。

 剣は持っているが、まだ大人とは決して言えない大きさのティルラちゃんだから、オークも御しやすいと思ったんだろう。

 だが、ティルラちゃんは振り上げ、振り下ろされるオークの右腕を掻い潜り、足元へ体を潜り込ませた!


「ギュッ!?」

「上手い!」

「ほぉ……」


 思わず声上げてしまった……横でエッケンハルトさんも感心したように声を漏らしている。

 ティルラちゃんは、まだ成長しきっていない自分の小さい身長を利用して、オークの手が届かないくらいまで姿勢を低くして、振り下ろされた腕を避けた。

 おそらく、オークが真っ直ぐ振り下ろすのではなく、斜めに振り下ろす構えだったからの行動だろう。

 そして、腕を振り下ろしたまま驚いているオークに対し、体を伸び上げるようにして腹を斬り付けた!

 こちらから見るに、深くはなさそうだったが、それでもオークにダメージを与えられるいい一撃だった――。


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