第489話 ティルラちゃんの番になりました



 二人に苦笑しつつリーザはどうしているのかと川の方を見ると、そちらでライラさんと一緒に、俺がオークを倒した事を喜び合ってる。

 オークを見ても、気圧された様子はないようだ。

 まぁ、だいぶ離れているから、オークの迫力も向こうでは半減して見えたんだろう。

 近くで森を走って抜けて来たフィリップさん達は、息を整えているな……お疲れ様です。


「ワフ? ワウワウ!」

「ん、レオ……どうした?」

「ワウワウワウ!」

「キュウ!」


 急にレオが騒ぎ出したと思ったら、その鳴き声の先はシェリーだった。

 今のをちゃんと見たか? こうやって簡単に倒すんだぞ! フェンリルならできるはずだ! とでも言っているのかもしれない。

 シェリーの方は、クレアさんの足元で元気よく返事。

 さっきまで、あまり戦う事に気が進まない様子だったのに、俺がオークを倒して自分でも問題ないと思ったのかな?


「シェリーもやる気のようですね。……あまり、危険な事はしないで欲しいのですが」

「まぁ、レオが見ていますから、大丈夫ですよ。それに、フェンリルですし、オークに遅れを取る事はないと思いますよ?」

「そうだぞクレア。確かにシェリーは、まだ小さいから強いフェンリルには見えんが……大丈夫だ。信じてやるのも、従魔を持った主の役目だぞ?」

「……そうですね。――シェリー、頑張ってね?」

「キャウ!」


 レオに発破をかけられてやる気になっているシェリーを、心配そうな表情で見るクレアさん。

 やる気になっている事だし、シェリー自身もフェンリルなのだから大丈夫だろうと思うが、危険な事はして欲しくないというのもクレアさんの優しさだろうな。

 俺の言葉で気持ちが和らぐかは微妙かもしれないが、一応レオもいるから安全と伝えると、エッケンハルトさんも同意してくれる。

 確かに、シェリーはフェンリルっぽくないが……。


 従魔の主として、というのを聞いたクレアさんは心配そうな表情を止め、優しい目でシェリーに言葉をかけた。

 シェリーの方は、クレアさんを見上げながら、元気よく返事。

 今まで室内犬のようだったシェリーが、少し頼もしい。


「さて、次はティルラだな。いけるか?」

「はい、大丈夫です!」

「ティルラ、無理はしないでね?」

「姉様、頑張りますので、しっかり見ていて下さい!」

「えぇ、わかったわ」


 エッケンハルトさんがシェリーから視線を外し、ティルラちゃんを見ながら聞く。

 意気込んで返事をするティルラちゃんは、誰が見てもガチガチに緊張しているのが明らかだ。

 これで本当に大丈夫か、と心配になるが、いざとなったらレオもいるし、俺や護衛さんが助ける事ができるはずだ。

 ……エッケンハルトさんあたりは、危なかったら必ず助けに入るだろうしな。


 ティルラちゃんは、自慢のお姉さんであるクレアさんに自分のいい所を見せたいんだろう。

 クレアさんの方も、大事なティルラちゃんが成長した姿を目に焼き付けるため、真剣な眼差しで頷き合っている。

 その横で、エッケンハルトさんがうんうん頷きながら、なぜか涙目になってるが……泣くところなのだろうか?

 姉妹の仲が良いというのは、父親として嬉しい事なのかもしれないけど。


「……んん! では、レオ様?」

「ワフ!」


 俺に見られている事に気付いたエッケンハルトさんが、咳ばらいをしてごまかしつつ、レオにオーク探知を頼んだ。

 元気よく返事をしたレオは、鼻先を森へ向けてにおいを嗅ぐ仕草をしたりして、オークを探した。

 ほどなくして、三体のオークを確認したレオは、再び通訳の俺を挟んでフィリップさん達に場所の詳細を伝えて、おびき寄せる役目を任せて見送った。


「ティルラ、いつ来てもいいように、構えていなさい」

「はい!」


 エッケンハルトさんに促され、森へ数歩近付きながら、ティルラちゃんが剣を抜く。

 ティルラちゃんが持っているのは、当然刀ではなく、さらにショートソードより少し短めの特注品だ。

 エッケンハルトさんがラクトスの店に頼んでいたらしく、森へ入る前にティルラちゃんへと渡された。

 意匠が凝ったりはしておらず、なんの変哲もないショートソードにも見えるが、よく見てみるとその剣身は俺の持っているショーソードよりも短い。


 ティルラちゃんは体が成長しきっていないため、まだショートソードですら長すぎるからだろう。

 今持っているのも少し長めに感じる気もするが、これからティルラちゃんの成長を期待してという部分もあるのかもしれない。

 なんにせよ、通常より短いためにリーチに問題があるかもしれないが、ティルラちゃんにとって使いやすい剣が一番いいだろうとの事だ。

 剣を抜いたその場で何度か素振りをして、ティルラちゃん自身もいつもより扱いやすいのを確認したようだ。


「よいかティルラ、オークの突進は先程見たな? 自分に向かって来たとしても、落ち着いて対処すれば問題ない。タクミ殿のように、魔法で怯ませる事はできないだろうが、避ける事はできるはずだ。そして、すれ違いざまに切るというのは、有効な手立てになる」

「はい!」


 緊張して剣を持つティルラちゃんを心配したのか、緊張を解すためか、エッケンハルトさんがオークに対するアドバイスをしている。

 俺の場合は魔法での光でオークを怯ませたが、ティルラちゃんはまだ魔法を使えるまでにはなっていないので、同じ事はできない。

 以前、魔法に関する講義のような事をしたが、ほとんどエッケンハルトさんと遊んでるような感じだったからな……一応、基礎というか、魔法の知識に関しては少し教えたみたいだが。

 ともかく、それができない以上、オークが突進してきた場合はそれを受け止めるか避けるかくらいしか選択肢はなくなる。


 慣れていれば、他にも方法はあるかもしれないが、ティルラちゃんに取れる選択肢はそのくらいだろう。

 そして、オークの突進を受け止められる程の力はまだティルラちゃんにはない。

 そもそもまだ成長しきっておらず、身長もまだ十分じゃないしな……もし受け止めようとしたら、ティルラちゃん自身が弾き飛ばされると思う。

 なので、ティルラちゃんには避けるしか選択肢はなくなるわけだが、その際に俺がやった動きが参考になるという事だろうな――。



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