第436話 お客様が訪れたようでした
「そうですか、それは良かったです。……まぁ、そういう訳で、護衛対象を守るという事は、自分が強くなるだけでなく、他にも必要な事があると学ばされます」
俺やティルラちゃんが続きを聞きたがらない様子に、表情を明るくして、あからさまにホッとするフィリップさんが、逸れた話を元に戻し、鍛錬についてまた話し始めた。
……そんなに、厳しい訓練だったんだろうか。
フィリップさんには、護衛訓練を教えてもらったから……今度はニコラさんに聞いてみよう。
ニコラさんが嫌がらなけられば、だがな。
「タクミ様やティルラお嬢様は、護衛になるための訓練をしているわけではないので、今まで通り、旦那様から課せられた鍛錬をしていれば良いと思いますよ?」
「……そうですね……目的によって、訓練や鍛錬が違うという事がよくわかりました」
「わかりました!」
フィリップさんの言葉に、俺もティルラちゃんも頷いて返事をする。
護衛訓練にそこまでの事をするエッケンハルトさんだから、多分今課せられている鍛錬も、俺達に合っている事を考えてくれてるんだろうと思う。
それを勝手に、自分の力不足を痛感して、別の事を始めようとするのはいけないよな。
ディームと戦った事で、自分なりに焦っていた部分もあるのかもしれない。
リーザを守るためにはもっと強くならないと……なんてな。
つい数か月前までは、そんな事を想像もしていなかった俺が、守る事や、強くなるにはどうしたら良いかなんて考えても、ろくな考えが浮かばないだろう。
昨日の様子から、それを察知したエッケンハルトさんが、忙しい中にもフィリップさんを使って、俺にそう教えてるのかもしれない。
……ちょっと、エッケンハルトさんを美化しすぎかなとも思うが、娘に弱いだけのおっさんではないのは間違いないしな。
「旦那様から訓練を受けていた時は、なんで自分はこれを選んだのか……何故他にもっと楽な方を選ばなかったのかと後悔もしましたが……今ではクレアお嬢様の護衛になりましたからね。ティルラお嬢様もそうですが、かわいらしく綺麗な女性を守れるとあれば、後悔はなくなりましたよ」
「……そうなんですか? んー、わかりません」
「はははは、こういうのは、男じゃないとわからないと思いますよ? ね、タクミ様?」
「え? いやまぁ……そうかもしれませんね」
言ってる事はわかるんだが、ティルラちゃんの手前、頷きづらい……。
確かに、苦しい訓練を経て、護衛するのがクレアさんやティルラちゃんのような女性や女の子であるなら、嬉しい事かもしれないなぁ。
いつもの軽薄な雰囲気に戻って、軽口を叩くフィリップさんに、首を傾げてよくわかってない様子のティルラちゃんを見ながら、曖昧に頷いておいた。
……ティルラちゃんがこういう事を理解するのは、もう少し後かな?
ティルラちゃんやリーザも、いつかは男女関係の機微を気にする時がくるんだろな……と思うと、少しだけ寂しい気持ちになった――。
フィリップさんの話を聞き、いつも通りにエッケンハルトさんから課せられた鍛錬を終わり、一息つく。
既に役目を終えたフィリップさんは、何度か軽口を言ってティルラちゃんに不思議そうな顔をされながら、仕事である屋敷の警備に戻って行った。
「そういえば、セバスチャンとお父様、お姉さまも一緒に何か忙しそうでしたね?」
「そうだねぇ……」
鍛錬が終わったので、ライラさんに用意してもらったタオルで汗を拭きながら、水をもらって喉を潤しながら、ティルラちゃんがふと首を傾げた。
いつもであれば、その三人のうちの誰かが、鍛錬の様子見や話をするために、裏庭に来てたからなぁ。
エッケンハルトさんは、鍛錬に参加するため、か。
いつもなら来てるはずの人達が来ていないので、ティルラちゃんも不思議に思ったようだ。
とはいえ、忙しくしているのは知っているので、ふとした疑問程度のようだけどな。
「特にセバスチャンさんは、忙しくしてそうだなぁ……」
「……呼びましたかな?」
「セバスチャンさん!?」
色々な事を調べて報告したりと、三人の中で一番忙しくしてるであろうセバスチャンさんの名前を呟くと、いつの間に来たのか、後ろから声をかけられた。
まさかいるとは思っていなかったし、忙しくてこちらには来られないだろうと考えていたのに、いつものように微笑んで、俺とティルラちゃんの後ろにセバスチャンさんが来ていた。
「ほっほっほ、驚かせてしまいましたかな?」
「……狙ってましたよね?」
「なんの事ですかな?」
驚いた俺に、ちっともすまなさそうな気配はなく、むしろ面白そうな表情をしているセバスチャンさん。
こういう所は、セバスチャンさんとエッケンハルトさんって、似てる気がするなぁ。
狙ってたように思えて聞いても、とぼける爺さんは、ちょっとだけ小憎らしい……。
「お遊びはここまでにして……タクミ様、お客様が参られております」
「俺に、ですか? ……昨日のとは?」
「いえ、それとは別件です。正確には、旦那様やクレアお嬢様になのですが、タクミ様にも関係する事なので、お呼びに参りました」
「そうですか……客間に?」
「はい」
「わかりました。すぐに向かいます」
「お願い致します。私は、旦那様方をお呼びしに行きますので……」
そう言い残して、セバスチャンさんは足早に屋敷へと戻って行った。
先に俺を呼びに来たのか……。
一緒にいたわけじゃなく、別の事でエッケンハルトさん達の所を、セバスチャンさんが離れていた時にハンネスさんが訪問してきたという知らせを受けたのかもな。
呼びに来たタイミングが、セバスチャンさんの名前を呟いた時というのが……なんというか、狙ったかのようだ。
さすがに、ハンネスさんが訪ねて来る時間を知ってたわけじゃないだろうし、偶然だろうけども……偶然だよな?
「タクミさん、レオ様達の方も終わったようですよ?」
「お、そうみたいだね……」
セバスチャンさんのタイミングの良さに、戦慄していると、レオ達の方を見ていたティルラちゃんが教えてくれた。
ティルラちゃんは、急にセバスチャンさんが来ても驚かないようだな……長年の付き合いで、慣れてしまっているのかもしれない。
少なくとも、ティルラちゃんの方が俺より、セバスチャンさんと一緒にいる時間は長いだろうしな。
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