第431話 心地よい感触で目を覚ましました



「ともあれ、ありがとうございます。リーザを見ててくれて。昨日に続いて遅くまで起きてるようですし、すみません」 

「ワフ」

「いえ、これも私の役目ですので。それに……こうして幼い子供を寝かしつけたり、寝顔を見るのも、良いものです」


 リーザを夜遅くまで見ててくれたライラさんに、感謝と謝罪をする。

 俺と一緒に、レオも小さく鳴いて頭を下げた。

 俺がディームに対し、レオとリーザが家族と言い放ったから、レオからしてリーザを娘のように思う気持ちも大きくなったのかもしれない。


 頭を下げている俺やレオに対し、ライラさんは笑って言ってくれる。

 見守るように、寝ているリーザを見る目は優しく、お世話好きだから以外にも母親のような優しさを感じた。


「こうしていると、私が母親のようになった気分で……孤児院の時の事も思い出しますが。……すみません、私なんかが……」

「いえ、リーザもそう思ってくれて、多分嬉しいと思いますよ」


 俺の考えを悟って、というわけじゃないだろうが、ライラさん自身もリーザの世話をする中で、母親のような気持になったらしい。

 元々、孤児院で小さい子の世話をする事が多かったそうだから、ライラさんはそういう母性とかが強いタイプなのかもな。

 俺はリーザじゃないから、はっきりと断言する事はできないが、リーザ本人もライラさんの事を慕ってるのは間違いないし、そう思ってもらえて嬉しいだろうと思う。

 実際、リーザが俺やレオ以外で一番懐いてるのは、ライラさんだしな。

 もしかすると、母性のようなものを感じ取ってるのかもしれない。


「それでは、私はこれで。……失礼します」

「ありがとうございました。ゆっくり休んで下さい」

「ワフワフ」


 連日遅い時間までリーザを見てもらった事に感謝しつつ、部屋を出て行くライラさんを見送る。

 レオも感謝をするように鳴き、右前足を上げて見送っていた。


「さて、リーザを起こしても悪いし……疲れたから、俺もさっさと寝るか」

「ワフワフ」

「……レオ?」

「ワフ?」


 ライラさんがいなくなり、リーザの寝息だけが聞こえる部屋で、疲れた体を動かして寝るために、ベッドの方へ移動。

 その途中、横に来たレオから香る、雨に濡れた後の匂い……。

 嫌な匂いというわけではないんだが……結構強く匂う。

 今まで気付かなかったが、雨に濡れた後に風呂へ入っていないレオは、結構な匂いをさせていた。

 さすがに、メイドさんや執事さんが、綺麗に水気を拭き取ったとはいえ、匂いまではどうにもできなかったんだろう。


 なんというか……雨の降る中散歩に連れて行った後、ちょっとした獣臭と雨の匂いが混じった感じだ。

 ある程度慣れてる俺はいいんだが……クレアさん達には、ちょっときついかもしれない。

 食堂ではソーセージの匂いがあったから、多分大丈夫だったんだろうが……。

 名前を呼んで、首を傾げてるレオを見ながら、決断を下す。


「明日、起きたらまず風呂に入るぞ」

「ワフ!?」


 俺の言葉に、驚いた様子のレオ。

 そんな!? とでも言っているようだが、それでもリーザを起こさないように小声なのは、レオの優しさ……か?

 ともあれ、レオが嫌がったとしても、これは仕方ない。


「もしかすると、リーザにも臭い……とか言われるかもしれないぞ? それは嫌だろ?」

「ワフゥ……ワウゥ……」


 頑張ったのに風呂なんて……と、トホホな様子のレオだが、やはりリーザに臭いと言われるのは嫌な様子で、しょんぼりしながらも、頷いて承諾する。

 今日はさすがに、レオを風呂に入れるのは時間も遅すぎるしな。

 寝る直前になって、嫌な事が決まってしまったレオはかわいそうにも思うが、元々雨に降られてた時点で、俺の中では決めてた事だからな。

 雨には埃も混じってただろうから、毛も少しくすんでるように見える。

 せっかく、元が綺麗な毛並みなんだから、嫌な匂いを放ったりせず、清潔にしておかないとな。


 せめてもの慰めと、寝ているリーザの近くに顔を乗せて、目を閉じるレオを見ながら、俺もベッドに入って就寝した。

 目を閉じる直前、リーザの人間と同じに見える鼻がヒクヒクと動いて、笑顔になった気がした。

 もしかすると、俺やレオの匂いを寝ていても感じ取って、安心したのかもしれないな――。



―――――――――――――――――――――



「ん……?」

「あ……」

「ワフ?」


 なんとなく、寝ていた自分の顔に、気持ちのいい感触。

 それを不思議に思い、自分の喉から小さく疑問の声が漏れる。

 夢でも見ているのだろうか……フサフサとした感触を顔に感じる。

 声が漏れた後に、聞き覚えのある声が二つ。

 リーザと、レオか?


「んあ……?」

「あ、パパ起きた?」

「ワフワフ」


 声の主が誰か頭で考えるのと一緒に、半分以上夢の中に行っていた意識が覚醒する。

 それと同時、さらに漏れた声に、リーザとレオが反応する声。

 朝かな?

 そう思って、閉じていた目を開けると真っ暗な視界。

 真っ暗……というより、何かに塞がれている?

 

「なんだ、これ……?」


 声を上げて、視界を塞ぐ物を両手で掴む。

 それは、フサフサとした毛でできており、寝起きの俺にとってもう一度睡眠に誘うような、柔らかい手触りだった。


「にゃふ! パパ、くすぐったいよ……」

「お? リーザか?」

「おはよう、パパ!」

「ワフ!」


 ふにふにと、視界を塞ぐ物に触れ、感触を楽しんでいると、近くからリーザが笑いを堪えるような声が聞こえた。

 その声に導かれるように、体を起こそうとすると、フサフサしていた者が顔から外れ、ベッドにモフンと落ちた。

 体を起こした俺の横には、背中を向けて顔だけをこちらに向けているリーザと、ベッドに顔を乗せてこちらを見ているレオだった。


「……おはよう。今の、リーザの尻尾だったのか?」

「うん! パパ、昨日は頑張ってたみたいだから、リーザの尻尾で楽しんでもらおうかなって。パパも皆も、リーザの尻尾や耳を触るのが、嬉しそうだったから。……耳は、顔に乗せられないし、尻尾の方が良いかなって、ママと相談したの!」

「ワフ!」

「そうか……あー、うん。ありがとな、リーザ」

「うん!」


 どうやら、俺の視界を塞ぎ、気持ちの良い感触で楽しませてくれていたのは、リーザの尻尾だったようだ。

 レオの毛並みとはまた違うが、リーザの尻尾も十分過ぎる程に触り心地がいい。

 おかげで、気持ち良く二度寝しそうだったぞ……?



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