第426話 盛大に迎えられました



「雨が止んで来たか……?」

「ワフ?」


 もう少しで屋敷に到着する……という辺りで、降っていた雨が小降りになり、やがて完全に止んだ。

 空を見上げながら、借りていた外套を脱ぎ、少しだけ身が軽くなる。

 とは言っても、濡れたままだから、水を吸って服が重い事には変わりないけどな。


「はぁ……さすがに疲れたな。帰ったらすぐに風呂に入って……寝るか。リーザはちゃんと寝てるだろうか?」

「ワフ、ワフワフ。ワウ!」

「ははは、わかってるよ、ちゃんとソーセージも食べさせてもらわないとな」


 明かりを灯した剣を掲げつつ、雲間から顔を出してる月を見上げながら、レオと話す。

 出がけにソーセージを、と言っていたのをレオはちゃっかり覚えてたらしい。

 まぁ、好物だから覚えてて当然か。

 俺はとりあえず風呂に入って温まりたいから、レオの事は誰かに任せよう……屋敷なら、夜勤ならぬ夜番の使用人さんもいるだろうしな。


 さすがにずっと雨に降られてたから、外套を借りても体が冷えてしまってる。

 凍える程寒いわけではないが、風邪を引かないようにしっかり温まらなくては……。



「えっと……お疲れ様です……?」

「ワフ」

「「「……」」」


 レオに乗って屋敷の外へ到着すると、門の前で頭を下げる護衛さんが三人。

 中には、ニコラさんもいるようで、全員何も言わずに頭を下げて門を開いている。

 返答がない事に疑問を感じながらも、護衛さん達の横を通って門の中へ。

 出る時、見送りはセバスチャンさんだけだったけど、出迎えは護衛さん達だったのかな……?


「あ、レオ。入る前に体を震わせた方がいいな」

「ワフ! っ!」

「あ、おい! ぶふ……!」

「ワフ?」

「はて? じゃないだろ、レオ。思いっきり水を被ったじゃないか……」

「ワフゥ……」

「いや、舐めなくていいから……」


 屋敷に入る前にレオから降り、今までずっと、雨に濡れたままで、水分を吸ってぺっちょりしている毛のままでいたレオを見て、水気を飛ばすように言う。

 すると、すぐに返事をしたレオが全身を震わせて、毛が吸っていた水を飛ばす。

 そばにいた俺にも構わず……。


 当然、レオが飛ばした水分は、俺にもかかっている。

 既にびしょ濡れだから構わないが……バケツの水を被ったような感じだったぞ?

 あれ? 離れてなかったの? とでも言いたそうなレオに、もう少し周りに注意するよう言いながら、濡れてる俺を舐めて謝ろうとしたレオを止める。

 雨でびしょ濡れになった挙句、レオに舐められるのはなんというか……微妙だ。

 そういうのは、また遊んでる時にでもな。

 

 俺も屋敷に入る前に、できるだけ濡れている服を絞りながら、玄関へと移動する。

 とりあえず、服から水滴が滴って、屋敷内を汚す事はなさそうなくらいにはなったから、これで大丈夫だろう。

 中に入ったら、すぐに着替えて風呂に入れば大丈夫だろうしな。


 そんな事を考えながら、玄関の大きな扉を開け、中に入る。

 いつも深夜は明かりが控えめなはずの玄関ホールは、煌々と明かりがともっており、暗い外に目が慣れていたため、少し眩しかった。

 若干目が眩みながらも、目を細めて見渡すと、そこにはズラッと使用人さん達が並んで待機していた。

 ……これ、エッケンハルトさんを迎える時と同じくらいいない?


「「「「「お帰りなさいませ、タクミ様、レオ様!! この度は、ありがとうございました!!」」」」」

「ワフ?」


 並んでいた使用人さん達が、一斉に頭を下げながら、大きな声を上げ、俺とレオを迎えるとともに、感謝の言葉。

 ……これ、セバスチャンさんが仕組んだな?

 俺が屋敷に入って来るのは、中に入る前にレオと話してたし、レオが走って戻って来るのを遠目に護衛さんが確認して、屋敷内に報せてわかっていたんだろう。

 それ自体は不思議じゃないんだが、こんな深夜に数十人の使用人さんを揃えて、迎えさせるなんて、セバスチャンさんくらいしか考えそうにない。


 ……エッケンハルトさんも考えそうか。

 セバスチャンさんが提案して、喜々としてエッケンハルトさんが許可したとか、ありそうだな。

 脳裏に、エッケンハルトさんと、セバスチャンさんの楽しそうな顔が浮かぶ。

 隣では、どうしてこんなにいるの? と不思議そうに首を傾げるレオ。


「……ただいま帰りました。えーと……」

「ほっほっほ、驚いた様子ですな?」

「ワフワフ」


 ともかく、頭を下げている使用人さん達に何か返そうと、当たり障りもなく、帰って来た挨拶をする。

 その後にどうしたものかと、言葉を考えていると、使用人さん達の中から楽しそうな笑顔のセバスチャンさんが進み出てきた。

 さっき浮かんだ通りの笑顔だ。

 レオは、セバスチャンさんが出て来たのと、使用人さん達が頭を上げたのを見計らって、ただいまの挨拶。


「そりゃあ驚きますよ……こんな深夜に使用人さん達を集めて。皆寝る時間でしょうに……」

「タクミ様とレオ様は、リーザ様のため、動けない公爵家の代わりに危険な事を成されたのです。これに、感謝しない我々ではございませんので……」

「はぁ……そうですか……」


 確かに俺は、公爵家が動けない代わりに……と考えてる部分はあった。

 ディームがすぐに捕まえられないのなら、俺とレオが、とね。

 だが、ほとんどがリーザを標的にした事への怒りが原動力であって、ここまで感謝される事はないのに……とも思う。

 まぁ、これもセバスチャンさんなりの感謝の仕方で、公爵家としては歓迎すべき事だったんだろうから、ちゃんと受け止めよう。


「おっと、このまま立ち話もなんですな……」

「代わりのお召し物になります」

「ありがとうございます」

「ワフ……ワフゥ……」



 セバスチャンさんがそう言うと同時、使用人さん達が慌ただしく動き始める。

 雨が降っていて、俺が濡れて帰るのはわかっていたのか、濡れていない服をメイドさんが持ってくる。

 濡れた地面を走っていたレオは、数人のメイドさんに足を拭かれてる。

 さらに、乾いたタオルを俺に持って来たメイドさんの他に、数人大きめのタオルを持って来たメイドさんと執事さんが、まだ濡れているレオの毛を丁寧に拭き始める。

 レオは体中を丁寧に拭かれているのを、気持ち良さそうな声を漏らしていた。



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