第417話 ディームと剣を交えました



「俺を捕まえるだぁ……? てめぇ……何者だ?」

「お前に名乗る名前なんてない」


 あれだな、正義のヒーローが言うような、助けに入った時に言う格好良いセリフ。

 一度言ってみたかった……というのは、レオにも内緒だ。

 正しくは「悪党に名乗る名などない!」とポーズ有りで決める所だが、さすがにそこまでやるのは恥ずかしいため、少しセリフも変えてディームに言い放つ。


「ちっ……てめぇ、誰に逆らおうとしてるのか、わかってんのか!?」

「あぁ、知っているとも。ディームとかいう小悪党だろ? 獣人をイジメる事しかできない雑魚だ」


 俺に向かってすごんで見せるディームに、見下すように言って見せた。

 調子に乗ってる自分を自覚しつつ、ディームを観察する。

 向こうは長い剣を持って、いつでもかかって来られる体制を整えてるからな。

 レオに任せろと言った手前、油断してやられましたなんて事は恥ずかしい。


「俺が小悪党だと!? てめぇ言うに事欠いて……後悔させてやる!」

「はっ、集団で少年達を囲だり、獣人の女の子をイジメたり……やってる事、まんま小悪党だろ? そんな奴を相手に、後悔する事なんて何もないな」

「っ! てめぇ……! ぶっ殺してやる!」


 挑発し、煽るように言ってやると、頭に血が上ったディームが俺へ向かって駆けてくる。

 以前、エッケンハルトさんに言われた……戦いにおいて冷静さを失う事は決してしてはいけないと。

 リーザの事もあって、多少どころかかなり怒っているのは自覚しているが、それでも冷静さを保てるように注意してきた。

 冷静じゃなかったら、レオより先に俺が飛び出してただろうしな。


 それともう一つ、相手の冷静さを失わせるために、挑発して怒らせるのも手だという事も教えられた。

 冷静さを失った相手は、直線的な動きしか出来なくなる事が多く、対処するのも簡単だから……という事なんだが、ちょっと失敗したかもしれない。

 エッケンハルトさんに言われた戦法は、余程の腕がある人がやるから効果的なのであって、まだまだな俺なんかじゃ……なんて、迫るディームを見ながらちょっと後悔。

 ディームの体は、筋肉質で、俺よりも確実に力が上だろう事は見た目でもわかるうえ、迫る速度も予想以上だ。

 心の中で、調子に乗っていた自分と、エッケンハルトさんに文句を言いつつ、こちらも剣を構えて向かえつ。


「っ!」

「はんっ、威勢がいいのは口だけか?」

「それは……お前だろ!」

「くっ!」


 駆けてくる勢いと共に、全力で上段から両手で持った剣を叩き付けて来るディーム。

 相手を斬るというよりも、力で叩き付けてくるという形だが、膂力がある分効果的だ。

 勢いのある一撃を、自分の剣を横にして両手で持ってなんとか受け止める。

 近くなった俺に対し、力でそのまま押し込もうとしながら、喋るディーム。


 口だけなのはそちらの方だと返しながら、全身を伸び上げるようにしてディームの剣を押し返した。

 顔をしかめながら、押し返されたディームは、少し後ろに下がってたたらを踏む。

 ……どうやら、レオに弾き飛ばされたダメージも、完全には回復してないようで、通常よりは足に力が張らないらしい。

 もしかすると、俺に打ち付けて来た剣の威力も、おかげで少しは軽くなっていたのかもしれないな。


「俺の剣を弾き返すなんてな……おかしな格好をしてるくせに、中々やるじゃねぇか。……ぶっ殺す!」


 こちらを見ながら、分析するように言いながら、すぐに吐き捨ててまた剣を振り上げた。

 ……何が彼をこんなに怒らせたんだろう……いや、俺が挑発したせいだろうが……。

 短絡的な性格なのは、元々なんだろうけどな。

 というか、雨が降っている中、上半身裸で何かの模様を体に書き込んでいるような男に、おかしな格好なんて言われたくない。

 こっちはただ、外套を羽織ってるだけだ。


「死ねっ!」

「誰が死ぬか!」


 振り下ろされた剣を、もう一度自分の剣で受け止める。

 今度は、先程のように走り込んで来た勢いがない分、威力は低い。

 だが、こちらも最初の一撃で、すこし手が痺れて力が弱まってる。

 ググッと受け止めた俺を押し込もうとするように、体重をかけるディーム。


 それに負けじと、こちらも叫んで体に力を込める。

 両手で支えてるが……さっきみたいに押し返す事ができない。


「ぐ……あぁぁぁ!」

「くっ……」


 ディームが叫び、さらに力を込める。

 このままだと、押し込まれて斬られてしまう!

 多少の怪我なら、ロエを使えばなんとかなるだろうし、レオがなんとかしてくれるだろう。

 けど……リーザを標的にした、こいつだけは自分でなんとかしたい!


 どうする……このままだと、力任せに押し切られる……。

 お互い全身の力を込めてるため、足を出したりという余計な事をして意識を逸らしたりもできない。

 特に、俺は足を踏ん張っているから、足払いや蹴りを放つ事もできそうにない。

 まぁ、そういった小細工は基礎が完璧にできてからだと、エッケンハルトさんに教えられてないんだが……。


 それはともかく、どうにかしないと……レオに助けを求める?

 いや、最初にレオによってダメージを与えただけで十分だ。

 任せろと言ったのに、助けてもらうのは……なんというか、ちょっと遠慮したい。

 ならどうするか……。

 その時、ふと自分の腰の右側が気になった……そうだ!


「ぐぅ……くああああ!」

「おら、もう少しで押し切れるぞ!?」


 全身の力を総動員し、ディームの力を押しとどめる。

 このまま力任せに押し切ろうとしているディームは、おそらく俺が限界近い事を悟ってるんだろう。

 一瞬、一瞬だけ隙ができれば……!


「ガウ!」

「!?」


 ディームの隙が一瞬でもできればと願うと同時、レオが吠えた。

 レオに襲われると思ったのか、ディームの意識が一瞬そちらへ逸れる。

 ここだ……!


「くあああああ!! はぁっ!」

「なにを……ぐあ!」


 ディームの剣を受けて支えていた両手のうち、左手を離し、叫びながら右手だけで耐える。

 さすがに、片手になった分少し押し込まれたが、ディームの意識が一瞬逸れたおかげで、数秒だけは耐えられた。

 その数秒で、左手を外套の中へ入れ、腰の右側へ。

 そこにある最近慣れて来た物に触れ、握りしめて力任せに抜く!


 左手で握った物は、刀の柄。

 そして抜いたのは、刀の刃。

 抜いた勢いのまま、横に振り切る!

 力で押して斬るんじゃない、刀の刃は反っているため、相手を斬り裂く事に特化している。

 その刀の性能そのままに、ディームへ向けて振り切った――。



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