第414話 手がかりになりそうな物を見つけました




「……何もないな……二階に行ってみよう」


 一階はこれまでと同じく何もなかった。 

 埃の量が少ないだけで、生活感は感じない。

 せめて、何かを食べた食器が捨てられてる……とかがあれば良かったんだけどな。

 そんな事を考えながら、軋む木の床を移動し、二階へ。


「ここも、窓はない……か。やっぱり駄目か……ん?」


 二階に上がって周囲を見渡し、板で打ち付けられた窓は外が見られない事を確認する。

 少し調べて、何もないと思って諦めとした時、一際埃が積もってボロボロになっている、備え付けの棚の周辺が気になった。

 棚の前や、扉がなくよく見える中にも埃は積もっていて、疲れた形跡はないんだが、向かって左側が、妙に気になった。

 近付いて見てみると、そこだけ拭き取ったように埃がない。


「ここに誰かがいた……? でも、座ったり寝たりとかした感じには見えないような……」


 濡れた布で拭き取れば、埃はほとんど残らないはずだ……まぁ、綺麗な布だったらだが。

 座ったり、寝たりしたのなら、そこにはもっと埃がなくていいような気がする。

 実際、棚から少し離れた場所は、人が一人から二人が寝られるくらいの範囲で、綺麗になっている。

 多分、最近使われたからだろう。


 だが、その棚の左側は、中途半端に埃が残ってる。

 何かで擦ったような跡にも見えるが……。


「ん?」


 よく見てみようと、床に顔を近付け目を凝らしてみると、棚と後ろの壁に隙間があるのに気付いた。

 隙間は数センチでだが、備え付けのはずの棚の裏に隙間があるのはおかしい。

 もしかしたら、何かがあるのかも……と、その隙間に指を入れて調べると、何か柔らかいものに触れる。

 手がかりに期待して、それを指先で引っ張って抜き出した。


「これは……毛布……じゃないが、寝具……なのかな?」


 出て来たのは、乱雑に折られた布。

 広げて見ると、人一人分くらいの大きさ。

 埃の積もっていない、誰かが寝ていた可能性のある場所から、手を伸ばせば軽々と届く距離だ。

 推理だとか、予測を立てるのはあまり得意じゃないが、もしかするとこれを掛布団代わりにして、ここで寝ていたのかもしれない。

 いや、敷布団かもしれないけどな……床は木で硬いし。


 それはともかく、もしこれが寝具として使われていたのなら……ディームが使っていたのなら、匂いが残っているかもしれない。

 色んな場所に移って居場所を変えるのだから、もしかするとこうしてどこかに寝具を隠し、埃さえ払ったり気にしなければ、いつでも使えるようにしていたのかもしれないな。


「………クンクン……んー、さすがに俺じゃわからないな」


 感覚強化の薬草があるとはいえ、俺の鼻はただの人間の鼻だ。

 匂いを判別して、それを追いかけるなんて事はできそうにない。

 ちなみに、布は埃と汗が混じった嫌な臭いだった……誰かが使っていたのは間違いなさそうだ。

 これがもし、ディームの使っていた物だったとしたら……。雨が降ってるから、可能性は低いかもしれないが――。



「ワフ」

「レオ、お待たせ。ちょっとこっちに……」

「ワフ?」


 俺が建物を出たと気付いたレオが、身を潜めていた場所から出て近づいて来る。

 それを手招きし、扉の前まで来てもらう。

 レオに嗅いでもらうつもりだが、濡れて臭いが消えたらいけないからな。


「レオ、もしかしたらこれが手掛かりかもしれない。あまりいい臭いじゃないが、嗅いでもらえるか?」

「ワフワフ……スンスン……ワフゥ」

「まぁ、そうなるな……」


 軒下まで来たレオに、布が濡れないように気を付けながら、鼻先へ近付ける。

 鼻を近付けて臭いを嗅ぐレオは、すぐに嫌そうに鳴いた。

 俺も良い臭いとは感じなかったから、レオもそうなんだろう。

 変な物を嗅がせてしまった事に苦笑しつつ、レオに問いかける。


「雨で難しいかもしれないが……感覚強化されているから、その臭い追えないか? やっと見つけた手掛かりなんだ」

「ワフ……スンスン……ワックシュン! グルルルル……スンスン……スンスン……ワフ!」


 少し嫌そうではあるが、頷いてくれたレオはまた同じように俺が持って来た布を嗅ぐ。

 その途中で、嫌な臭いだからなのか、鼻がくすぐられたからなのか、盛大にクシャミをした後、少し唸ってもう一度チャレンジ。

 布を嗅ぎ、雨の降っている虚空を嗅ぎ、力強く頷いた!


「わかるか!?」

「ワフワフ!」


 どうやら、レオの鼻だとしっかりこの布を使った人物の臭いを追えるらしい。

 凄いな、レオ。


「じゃあ、案内してくれ……あ、この布はもういいか?」

「ワフ!」


 レオに頼んで、雨の降るスラムへ再び歩き出す。

 布は持って行っても濡れるだけだし、誰の物かわからない、嫌な臭いのする寝具なんて持ち歩いていたくない。

 レオに確認をし、臭いは覚えたらしいので、建物の中に投げ入れて出発。

 途中、時折鼻をさまよわせるようにしながら、臭いを追ってレオが移動する。


 雨の中なのに、臭いが消えたり流れたりしないのか……とは思う。

 だが、通常の犬より感覚が鋭いのかもしないレオと、さらに感覚強化の薬草のおかげなんだろう。

 もしかしたら、ディームがつい今しがた、この辺りにいたのかも……?

 それなら、雨が降っててもまだ多少は臭いが残ってるかもしれないしな。

 臭いの原因が、ディームとは限らないが……。


 とりあえず、シルバーフェンリルが凄い事だけは確かだ。

 訓練した犬でも、無理なんじゃないかな?


「ワフ!」 

「ん?」


 レオの案内でしばらくスラムを進んだ頃、立ち止まり、先を示すように吠える。

 俺も一緒に立ち止まって、道の先に視線をやるが、ただ似たような景色が広がるだけで、何も見えない。

 だが、建物の向こう側に数人の人が集まっている気配がした。

 音は……さすがにこれだけ遠いと、雨に邪魔されて聞こえないな。


「向こうに集まっているのが、同じ匂いなのか?」

「ワフワフ」


 聞くと、頷いて肯定してくれた。

 建物の中じゃなく、外だったのか……しかし、こんな雨の中で外に寝泊まりするなんて……。

 とは思いつつも、レオを信じ、ゆっくりと人の気配のする方へ近づく。

 建物の向こうへ、道を迂回し、集まっている人達に気付かれないように注意深く移動した。



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