第402話 石を投げたマルク君と話をしました



「君の投げた石で、その女の子は怪我をしたんだ。しかも、それがあったからレオが……一緒にいたシルバーフェンリルが怒った。もし、誰も止められなかったら、大変な事になっていたんだよ?」

「そんな事知るもんか。俺は、魔物がいたから追い出そうとしただけだ」

「魔物ねぇ……確かにレオはシルバーフェンリルという魔物だけど……」


 マルク君の言う魔物とは、おそらくリーザの事だろう。

 でも、わかっていて俺はわざとレオの事を言った。


「違う! 魔物は一緒にいたあの子の事だ! あの耳に尻尾……獣人は魔物だ! 街から追い出さなきゃいけないんだ!」


 よしよし、ちゃんと食いついて来たな。

 挑発という程ではないが、こういう相手は、素直に正面から相手をしても正直に話してくれるとは限らない。

 だったら、少しずれた事を言ったりして、相手から情報を引き出せばいい。

 うん、ちゃんとできてるかどうかよりも、聞きかじった知識だから、正しいのかわかってないけども。


「ふーん、魔物ねぇ。でも、あの子は誰にも危害を加えたりしてないよ? それを、一方的に石を投げつけたりするのは、いけない事じゃないかな?」

「魔物だから、石を投げたってかまわないんだ! 誰かに危害を加える前に、俺がやっつけてやる!」

「ふむふむ……正義感、なのかな? でも、耳や尻尾が生えてるからって、魔物だなんて決めつけるのは良くないんじゃない?」


 というより、そもそも従魔という事があるんだし、魔物だからと全て悪者と決めつけるのは如何なものか。

 レオは俺の従魔というわけじゃなくとも、何もしてない人に危害を加える事はないし、シェリーは従魔でのんびり暮らしてる。

 ちょっとのんびりし過ぎかと思う事はあるが、人間と見たら襲い掛かって来るオークやトロルドと違って、無差別に襲ってくるわけじゃない。

 他の魔物は知らないが、魔物が全て危険と決めつけるべきじゃないと思う。

 というより、街にいて他の住民達が危険視していないのだから、安全だとは考えなかったのか……。


「魔物は全て悪者だ! あの人がそう言ってた!」

「……あの人?」

「「「……」」」


 マルク君から気になる言葉が出て来て、視線を巡らせる。

 エッケンハルトさんやセバスチャンさん、それに衛兵さん達も、マルク君の言うあの人というのは思い当たらないらしく、首を振っていた。

 ……もしかすると、マルク君の言うあの人というのが、何かを吹き込んでいるのか?


「その……あの人ってのは? その人が魔物は敵だと言ったのかい?」

「……それは言えない。言ったら俺が街にいられなくなる。でも、あの人が言うには、獣人は人と違う魔物だから、生きている事すら許されないんだって……」

「ふむ……」


 口止めされているのかどうなのか……もしかすると、裏社会の権力者のようなものなのかもしれない。

 頭に思い浮かぶのは、ヤの付く組織の親玉とか、そんな感じだ。

 街にいられなくなるというのは、処罰されて追い出されるとか、そういう事ではなく、消されるとか潰されるとか……そういった表沙汰にできない事のような印象を受けた。

 スラムがあるんだから、そういった人物や組織があってもおかしくないのか……。


「どうしても言う事はできないのかい? その……ちょっとしたヒントだけでも……」

「あの人に逆らったら、スラムだけじゃなく、他の街にすら居場所がなくなるんだ。だから言えない。それに、あの人は俺達に食べ物をくれた。住む場所を与えてくれた。だから間違ってなんかないんだ!」

「……んー」


 スラムにいる、身寄りのない子供達を囲ってるという事か?

 あの人という人物が、何を目的でそうしているのかはわからないが、そうやって子供に居場所を与えてやる事で、自分に都合のいい手駒を得ている……という事かもしれないな。

 いや、そう予想しているだけで、本当は良い人の可能性も……なくはない……のかも?


「タクミ様、少々よろしいでしょうか?」

「セバスチャンさん? ……はい」


 あの人の事を聞こうとしても、マルク君は頑なに固辞するため、どうしたものかと考えていると、後ろからセバスチャンさんに声をかけられる。

 何か、思い当たる事でもあるのだろうか?

 少し横にずれて、セバスチャンさんに場を譲った。


「マルク君、でしたな。あの人というのは、もしかするとディームという名前の人物ではありませんかな?」

「っ!」


 セバスチャンさんがマルク君に話し掛け、ディームという名前を出した途端、顔色が変わった。

 焦っているような、恐怖しているような表情で、先程よりもはっきりと体を震わせ始めた。


「ふむ、その様子は当たり……という事ですな」

「っ! 言わないでくれ! 俺からあの人の事が漏れたなんて事が知れたら……」

「ほっほっほ、大丈夫ですよ。わざわざ広める事でもありませんし、それに……ここは公爵家のお屋敷。いくらディームといえど、手は出せません」

「……こ、公爵家……?」

「おや、知らなかったのですか?」


 セバスチャンさんが、確信を得たとばかりにニヤリとすると、マルク君は焦って言い募る。

 ニックの時もそうだったが、その表情怖いですから。

 マルク君の焦りを見ながら、笑って答えるセバスチャンさんは、安心させようとするためなのか、事実を突きつけるためなのか……。

 まぁ、多少スラムで幅を利かせてたとしても、公爵家は規模が違うからなぁ……そのディームという人物がこの屋敷に手を出す事はできないだろう、レオもいるし。


 公爵家という言葉に、マルク君は顔面から血の気を引かせながら、呆然とする。

 ここがエッケンハルトさんやクレアさんのいる、公爵家の屋敷とは知らなかった様子だが……そう思い、セバスチャンさんと同じように衛兵さんの方へ視線を向けると、二人共首を振った。

 どうやら、捕まえるだけで何も教えずにここまで連れて来たらしい。

 マルク君は、クレアさんやその護衛さん達を見たり、この場所に来ても公爵家との関わりというのを知らなかったらしい……。


 まぁ、知ってたら、どう見ても関係者になってるリーザに石を投げるなんて暴挙、しないか。

 というか、レオに対してはどうなんだろう……いや、明らかに敵いそうにないレオに石を投げるのは、それこそ暴挙だけどな。

 レオなら大丈夫だろうし……。



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