第401話 石を投げた犯人が捕まったようでした



 何やら躊躇している様子のエッケンハルトさんは、どうやらレオに追い立てられて走る……という事を怖がっているようだ。

 かなり慣れてきたとはいえ、さすがに吠えられながら走るのは、したくないか。

 ティルラちゃんは、シェリーやリーザがいるし、俺はレオに吠えられてもあまり怖くはないからな……前を走ろう。

 それぞれ別れて、走り続けているレオ達の方に混じって、俺達も鍛錬を開始した。

 ……怖くないと思ったが、大きな体になったレオが吠えるのは、迫力あるな……背中からだし、見えないという事もあるんだろう。

 エッケンハルトさんが躊躇したのも、無理はないか。



「タクミ様、よろしいでしょうか?」

「はぁ……ふぅ……はい、なんでしょうか?」


 しっかり走り込んだ後、エッケンハルトさんやティルラちゃんと鍛錬を終え、息を整えていた頃にセバスチャンさんが裏庭に来て、声をかけられた。

 夕食の時間だろうか……? まだ少し早いかな。


「ラクトスより、お客様が参っております」

「ラクトスから? ニックですか?」

「いえ……衛兵と、その者が捕まえた者です」


 セバスチャンさんから伝えられたのは、ラクトスより俺に訪問者が来た事だ。

 ラクトスで、ここに訪ねて来る人といえば、ニックの事が思い浮かんだが、どうやら違うようで、屋敷に来たのは衛兵さんと、捕まえた人という事らしい。

 ふむ?


「……リーザ様の件です」

「あぁ……もう捕まったんですね?」

「はい。――旦那様? 走り出そうとしないで下さい」


 セバスチャンさんが少しだけ声を潜めて、リーザに関わる事だと伝えられる。

 衛兵さんと一緒という事は、石を投げた人を捕まえて連れて来たって事だろう。

 昨日の事なのに、スラムを捜査してもう捕まえたのか……早いな。

 まぁ、色々目撃情報もあったし、スラムにいると確定していたからかもしれないな。

 それはともかく、俺に頷いたセバスチャンさんは、隣で聞いて走り出そうとしていたエッケンハルトさんに視線を向け、止める。


「いや、しかしな……リーザの件という事は、石を投げた者だろう? 私が行かないとな」

「それでは落ち着いて話ができません。まずはタクミ様との話が先です」

「……むぅ、仕方ないか。リーザはタクミ殿の娘だからな」

「あー……あははは……」


 エッケンハルトさんの言い分を、セバスチャンさんが否定して、俺が話す事になったようだ。

 しかし、リーザが俺の娘って……まぁ、面倒を見ると決めたし、パパと呼ばれてる事もあって、否定はできないんだが……。

 結婚する前に、子持ちかぁ……なんともなぁ。

 なんて考えながら、セバスチャンさんやエッケンハルトさんを連れて、衛兵さんの待つ所へ向かう。

 レオやシェリー、リーザやティルラちゃんは、裏庭に残したままだ。


 どういう話になるかはわからないが、リーザに石を投げた相手だ……それを直接合わせるのも躊躇われた。

 とにかく、話をしてからだな。

 ティルラちゃん、リーザの事を頼んだよ……レオとシェリーもな。

 ……シェリーは、走り過ぎて動けないみたいだが……まさか俺達が鍛錬している間中、ずっと走り続けるとは思わなかった。

 大丈夫かな……? ライラさんが見てくれてるみたいだから大丈夫か。


 しかし、リーザは息を切らしてはいたが、元気そうだった。

 これも獣人だからなのかな?

 なんてことを考えながら、屋敷内を移動する。



「外ですか?」

「はい。衛兵だけならまだしも、捕らえた者も一緒ですから。お客ではありませんので、屋敷内にお通しするわけには……」

「そうですか、わかりました」


 裏庭から屋敷にもどり、さらに玄関ホールまで移動する。

 衛兵さんと、捕まえられた人は、玄関を出た外にいるらしい。

 まぁ、確かに、石を投げるような不届き者だから、公爵家の屋敷内に入れるのは躊躇われるか。

 格式高いとかそういうわけじゃなく、単なる防犯意識のようなものだろう。


 屋敷がある事は、ラクトスにいれば知る事はできるだろうが、中に通して内部の事を知られるのは良い事ばかりじゃないしな。

 セバスチャンさんに言われて納得しながら、開けられた扉を通って外へ出る。

 ……裏庭から屋敷を通ってまた外に……というのは少し微妙な気がするが、それは今更か。


「お待たせしました」

「はっ! 捜索していた者を連れて参りました!」

「うむ。その者か?」

「はっ! ほら、前に出ろ」

「っ! 離せよ!」


 セバスチャンさんを伴って、エッケンハルトさんと玄関から少し歩き、門の近くまで移動する。

 そこで立っていた、武装している男性二人と、縄で手を縛られた背の低い青年……いや、少年か。

 セバスチャンさんが声をかけると、エッケンハルトさんに向かって敬礼し、連れて来た少年を俺達の前に立たせる。

 その後ろでは、衛兵さん二人が、妙な動きをしないよう厳しい目で見ている。


 衛兵さんと俺達に挟まれた少年は、衛兵さん達に息巻きながら、こちらを睨むようにしている。

 威勢がいいのは、スラムで見た時と変わらずみたいだな。

 その少年は、不揃いに切った髪で、服や顔には土汚れがある。

 汚れは、捕まえられた時に付いた物なのか、スラムで生活している時の物なのかは判別できない。


 年のころは、10代半ばくらいかな……?

 顔立ちはそれなりに整っているように見えるが、まだ幼さも残っている。

 日本人とは違うから、年齢を把握しづらいな……まぁ、高校生くらいとして見ておこう。

 後ろ手に縛られていて、微かに体を震わせている事から、自分が罰せられるのだと自覚しているようだ。

 

「タクミ殿」

「はい、わかりました。――えっと……そうだな、名前は?」

「……」

「マルクという者らしいです」

「……ありがとうございます」


 エッケンハルトさんに促され、俺が一歩前に出て、少年に話し掛ける。

 こういった時まず何を言ったら良いのか、迷った結果、名前を聞く事にした。

 だが、少年はこちらを睨んだまま答えない。

 困った俺が、少年の後ろにいる衛兵さんの方へ視線を向けると、フォローするように教えてくれた、ありがとうございます。


「えっと、マルク君だな。何故ここに連れて来られたかわかる?」

「……」

「質問にはちゃんと答えろ!」

「……っ。俺が、石を投げたから……だろ」

「うん、そうだね。何もしていない女の子に、君は石を投げたんだ」


 名前を聞いてもう一度語り掛けるようにしながら、マルク君に話し掛ける。

 やっぱりすぐには答えてくれなかったが、衛兵さんが軽く後ろから小突くと、小さく話し始めてくれた。

 ……こういうの、慣れないから困るんだけどなぁ。

 そう考えながら、マルク君に話し掛けた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る