第389話 リーザの一人称が変わりました



 エッケンハルトさんの目的は、ティルラちゃんの鍛錬らしい。

 俺も一緒にというのは、教えてる俺達を区別しないためだろうし、もしかしたらレオを連れて行くための手段でもあるのかもしれない。

 俺がランジ村へ行く時、レオは当然連れて行くつもりだから、この屋敷の守りが手薄になる事を気にしてるのかなとも思う。

 まぁ、護衛さん達が頑張ってくれるだろうし、早々危険な事はないだろうから、エッケンハルトさんが心配し過ぎなんだろうが……。


 父親としては、剣を教えてる娘に、ある程度は大丈夫だと思える材料が欲しいのかもしれないな。

 それに、ランジ村に行った後、ティルラちゃんは一人で鍛錬する事になる。

 護衛の人達を相手にしてもいいかもしれないが、護衛さん達にも仕事があるしな……いつも相手をできるわけでもないだろう。

 一人で鍛錬というのは、自分の上達がわかりづらくて、苦しいものだしな。


「どうだ、ティルラ。従魔を得るという事ではないが……魔物と実際に戦う事になる。当然、危ない事で、怪我をしたりもするだろう。ティルラが嫌がるようなら、この話はなかった事になるが……どうする?」

「……やります! 私も、タクミさんのように立派に戦って見せます! それに、従魔を得るためには、魔物と戦えないといけません!」

「そうか、やるか。わかった。では、タクミ殿。……レオ様にお願いしてくれるか?」

「ははは、はい」


 ティルラちゃんに真剣な顔を向け、問いかけるエッケンハルトさん。

 これはオークと実際に戦う事で、危険な事でもある。

 甘えや軽い考えは許さない……というような視線を受け、ティルラちゃんは少し考えた後、頷いて戦う事を決意した。

 それを嬉しそうに見たエッケンハルトさんは、俺に顔を向け、少し自信なさそうにレオに頼むよう言って来た。


 ティルラちゃんに問いかけた時は、父親として、公爵様として、少し格好良かったのに……レオの事になると、情けなくなるんだなぁ……。

 そんなエッケンハルトさんの様子に笑いながら、レオに聞く事を承諾し、顔をそちらへ向けた。

 レオは、話を聞いておらず、食べることに夢中なようで、お皿に入った料理をがっついてるな……。


「おーいレオ、ちょっといいか?」

「ガフガフガフ……ワフ?」

「また口の周りを汚して……それはともかく、レオ、またシェリーを見つけたあの森に行くという事なんだが、ついて来てくれるか? 今回は探索とかじゃなく、レオはもしもの時のための護衛だ」


 レオに声をかけると、がっついてた料理から顔を上げ、こちらをキョトンとした表情で見る。

 食べるのを邪魔して悪いが、また口の周りが汚れてるな……昼食の時の汚れも多少残ってたから、今日は風呂に入れるか……。

 そんな事を考えながら、レオに森へ一緒に言ってくれるかを聞く。


「ワウ? ワウ、ワフ!」

「また森へ? わかった、任せて! らしいよ、パパ!」

「ははは、俺にもわかってるから大丈夫だよリーザ。――ありがとうな、レオ。――だそうです、エッケンハルトさん」

「うむ、ありがたい。これで、森へ行く事ができるな」


 一度首を傾げたレオが、承諾するように頷いて鳴く。

 それを隣にいたリーザが通訳するが、俺にも何を伝えようとしたのかよくわかる。

 レオにお礼を言って、エッケンハルトさんへもう一度顔を向けた。

 微妙に説明不足で、レオが何を担当するのかわかってなさそうだが、それは追々説明すればいいだろう。


 どちらにせよ、オークくらいならレオの敵じゃないしな。

 前回の森の探索中でもそうだったし、ランジ村でオークが集団で襲って来た時も、あっという間に全部倒してたから。

 エッケンハルトさんは、ホッとした様子で頷き、森へ行く事が決定された。


「この帽子いいでしょ、パパに買ってもらったの! リーザのお気に入り!」

「へぇ~。いいですね、リーザちゃん!」


 森の話が一段落し、食後のティータイム中に、リーザとティルラちゃんが元気に話しているのを、なんとなしに聞く。

 近い年頃という事で、話が合うんだろうな。

 リーザは、まだ帽子を被ったままで、それを自慢するようにティルラちゃんに見せてる。

 よっぽど気に入ったんだな……街を出る時、もう外してもいいと言っても、そのままだったし。


「でもリーザちゃん、昨日までは自分の事、私って言ってなかったですか?」

「うん。リーザをリーザって言うのは、変かなって思ってて……からかわれた事もあるし……でも、パパやクレアお姉ちゃんが、遠慮や我慢はしなくてもいいって言ってくれたから!」

「うん、その方がいいですよ!」


 ティルラちゃんは、リーザが自分の事を私ではなく、リーザという事に気付いたようだ。

 言われてみれば確かに……そういえば、イザベルさんの所へ行く前には、自分の事をリーザと呼ぶようになってたように思う。

 あまり違和感を感じなかったから、今まで気付かなかったな……こういうのは、ティルラちゃんの方が鋭いのかもしれない。

 というより、もっとリーザの事を注意深く見ていないといけないな、俺。

 反省しよう。


「ふふふ、やっぱりあの時から、リーザちゃんの遠慮はなくなったんですね」

「クレアさんは、気付いていたんですか?」

「はい。あの広場で、思いっきり泣いた後から、ですね」

「そうですか……俺は気付きませんでした。もっと、リーザの事を見ていないといけませんね」

「あら、こういう事は、男性より女性の方が鋭いんですよ? お気になさらずとも、良いかと思います」

「そういうものですかね……?」


 女性の方が勘が鋭いとか、そういうことは聞いた事があるが……そういうものなんだろうか?

 それはともかく、アンネさんの方は、何故か取り出したハンカチを噛んで、悔しそうだ。

 恐ろしい子っ! とでも言うのだろうか……?


「ティルラさんでも気付けたのに……私が気付けなかったなんて。悔しいですわ……」


 違ったようだ。

 ありそうなセリフは言わなかったが、ティルラちゃんが気付けて自分が気付けなかった事が、悔しいらしい。


「アンネさんは……気付けてなかったみたいですけど……?」

「アンネは……女性ではないのかもしれませんね」


 いや、さすがにそれは言い過ぎなんじゃないかな、クレアさん?

 そんな一幕がありつつ、皆仲良くワイワイしているティルラちゃんとリーザを、微笑ましく見てティータイムを過ごした……アンネさん以外は、だが。



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