第381話 イザベルさんの店に行く事になりました



「……レオ、ちょっと舐めすぎじゃないか?」

「ワフ?」


 俺が声をかけて、リーザの顔を舐めるレオを止める。

 首を傾げるようにしながら、リーザから顔を離し、こちらに顔を向けるレオ。

 ちょっと遅かったか……。


「あちゃー、やっぱり」

「リーザちゃん、顔がベトベトですね」

「レオが舐めてましたからね、はぁ……」

「?」


 リーザの顔を見ると、案の定レオの唾でベトベトだった。

 しかも、遅めのお昼を食べてから、まだそんなに時間が経っていないせいか、いつもよりベットリしてるようだ。

 リーザ自身は、気にしていないどころか、レオに舐められて喜んでたくらいなので、溜め息を吐いた俺を不思議そうに見ている。

 あまりベトベトになっても、気にしてないみたいだな。


「このまま、街中を移動……というのは、さすがにいけませんね」

「そうですね。どこかで顔を洗えればいいんですけど……」


 顔だけならまだしも、レオが大きいせいか、髪の毛や耳までベッタリといている。

 風邪を引く……までにはならなくとも、このままリーザを連れ歩くのは不憫だ。

 本人は気にしていなくとも、綺麗にしてやりたい。

 どうするか考えて、今いる広場になっている場所に来るまでの事を思い出した。


「あ、イザベルさんの店で、洗えないでしょうか?」

「イザベルですか? 言えば、水場を貸してくれると思います。あそこでなら、周りを気にせずリーザちゃんの顔を洗えますね」

「そうですね。ここから近いようなので、お願いして洗わせてもらいましょう」


 お風呂を借りないまでも、顔や耳を洗うくらいでいいだろう。

 水があって、洗い場のような場所があればそれでいい。

 洗い流して、乾いたタオルで拭けば綺麗になるし、本格的に洗うのは屋敷に帰ってからでも大丈夫そうだしな。

 イザベルさんなら、色々な知識を持ってる人だし、リーザを差別する事はないと思う。


「レオ、あまりやりすぎるなよ?」

「ワフ、ワフワフ」

「きゃふ、きゃふ! ママー!」

「ふふふ、楽しそうですね」

「えぇ。あまりさっきまでの事を気にしていないようで、良かったです」


 イザベルさんの店に行く事が決まって、移動しようとしたのだが、ニコラさんとヨハンナさんを騒ぎの場所に置いて来た事を思い出し、ライラさんが呼びに行き、様子を見に行く事となった。

 待っている間、リーザとレオがじゃれ合っているのを、クレアさんと眺めて過ごす。

 レオは、リーザがこれから顔を洗うという事を知り、遠慮する事なく舐めまわしてるが……あまりやり過ぎると顔以外も洗わないといけなくなるからな、もう少し手加減するように注意しておいた。

 待っているのは、俺とクレアさん、レオとリーザだ。


 レオとリーザは、騒ぎの元だから今すぐ人前に出るのはあまりよろしくないし、クレアさんは護衛が必要だろうからレオと一緒。

 空いてるのは俺かライラさんなんだが、道に詳しい方が適任という事で、任せる事になった。

 のんびりと、人の来ない広場……というより、ただ何も無い場所になっているここで、待ってる。


 クレアさんと二人でリーザとレオを見ていると、なんだか少し不思議な気分になるな。

 勝手な想像だが、休日に子供とワンコを連れて、のんびり散歩してるような……家族のような気分……かな。

 リーザは実の娘ではないし、レオはシルバーフェンリルになってて、訳ありどころではない家族だけども。

 ギフト以外、なんの取り柄のない俺が、クレアさん相手に考える事自体が不遜なのかもしれないが、ふとそんな想像が頭をよぎった。


「タクミさん」

「ひゃい!?」

「ん? どうかされましたか?」

「い、いえ。なんでもありません……」

「パパ、変な声ー」

「ワフ」


 おかしな想像をしていたからか、横にいるクレアさんに声をかけられただけで、変な声が出てしまった。

 落ち着け……あれは俺の勝手な想像で、今こうしてここにいるのは、事情があってなんだ。

 頭の中で自分に言い聞かせ、首を傾げるクレアさんになんでもないと返して誤魔化す。

 じゃれ合っていたはずのリーザとレオに、笑われてしまったが、今はそれよりも自分の心を落ち着けないとな。


「タクミさんは、凄いですね」

「え?」


 自分を落ち着かせていると、クレアさんが目を細めながらこちらに視線を向ける。

 それを見て、心臓が少し騒いだ気がする。


「先程の事……レオ様が怒っていても、私は何もできませんでした。結局、リーザちゃんとタクミさんが動かなければ……」

「あぁ……仕方ないですよ。レオからの重圧で、ほとんど動けませんでしたからね。それに、レオは俺の相棒ですから、俺がなんとかしないといけませんし」

「それは……そうかもしれませんが……。ですが、その後の動きも早かったです。レオ様の怒りが静まった後も、私は何も……」

「あれは、人が集まって来ていましたからね。レオが怖がられてはいけないと考えて、真っ先に逃げる事を考えた結果ですよ。とても格好良いものじゃありませんね、逃げるなんて」


 あの時の事を思い出し、動けなかった自分と比べて俺を褒めるクレアさん。

 それ自体は嬉しいんだが、俺は鍛えてるからな。

 女性で鍛えていないクレアさんと違って、多少なりとも動けるのは当然だ。

 それに、飼い主として、相棒としての責任があるからな……レオに、罪もない誰かに怪我をさせたりはしたくない。


 その後は、クレアさんに言った通り、レオが怖がられないようというか、このままだとまずいと考えて、出した結論が逃亡だ。

 もっと、何かいい方法があったかもしれないが、あの時の俺には、それしか思いつかなかった。

 立ち向かうとか、街の人達に説明したり、原因を探ったりするよりも、まず逃げる事が浮かんだんだ……格好良い事とは言えないな。

 リーザの手当てというのも、あるにはあったけどな。


「いえ、そんな事は決してありません。何もできずにいる私やライラに指示を出し、リーザちゃんとレオ様を連れて、一緒に逃げました。あの時の状況で、すぐに行動ができたのはタクミさん以外にいませんでした」

「それは……そうかもしれませんが……」


 リーザを除き、皆レオが怒った事に驚いたり怯えたりで、騒がしくはなって来ていたが、はっきりとした動きをしたのは俺だけだったか。

 それも、レオが相手だったから……というのが大きい気がするな。

 あとは、ランジ村でのオーク襲撃を経験してるから……かも?

 オークと比べたら、レオが憤慨しそうだが――。



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