第376話 レオが怒っていました
「レ……っ!」
「グルルルルル……!」
店の外に出た瞬間、圧力のようなものを感じ、その場に止まる。
いつもならお座りして待っているはずのレオは、立ち上がり、銀色の毛を仄かに光らせながら、通りの方へ体を向けて、大きく唸っていた。
今にも飛び出しそうな勢いだな……。
「タクミさん!」
「くっ!」
「っ……! レオォ!」
「グゥルルルル……!」
店から同じく出て来たクレアさんとニコラさんだが、二人共俺と同じように圧力のようなものを感じ、その場で止まる。
俺はレオに向かって、叫ぶように呼び掛けるが、それが聞こえていないのか、こちらを振り向く事すらせず、通りに向かって唸るままだ。
「レオ様、落ち着いて下さい!」
「レオ様!」
「グルルルル……!」
レオの隣には、先に店を出たライラさんと、一緒に待ってくれていたヨハンナさんがいた。
二人共、俺やクレアさん達が感じている圧力を感じてなのか、足を踏ん張ってレオに近付こうとしている。
そんな二人の呼び掛けも、レオには聞こえていないようだった。
……一体何が……?
そうだ、リーザは!?
レオから感じる圧力に逆らうように体を動かし、少しだけ横に移動すると、レオの顔の近くにリーザを見つけた。
しかしリーザは、レオが唸っているにも関わらず、蹲ったまま動かない……。
ん……? 頭を抑えてる……? あれはっ!
「リーザ!?」
「パパ!」
蹲っているリーザは、腕で頭を庇うようにしているが、その隙間から赤い血のようなものが見えた。
いや、ようなものじゃなく、あれは血だ。
思わず叫ぶ俺に、声が聞こえたリーザは弾けたように顔を上げる。
その頭……額の右端から右頬にかけて、細く一筋の血が流れていた。
リーザが怪我を!?
もしかして、何かがあってリーザが怪我をしたから、レオが怒ってるのか?
「パパ! ママが怒ってるの!」
「レオ、落ち着け! リーザは大丈夫だ!」
「グゥルルル……!」
リーザの言葉に答えるように、俺からレオに叫んで落ち着かせようとするが、一切には届いていないようだ。
くそっ、一体何がったんだ! リーザは怪我をしてるし、レオは怒ってるし……。
どうしようかと迷った時だった。
レオが少しだけ体を沈めて、力を溜めるような体勢を取る……大きく飛んで行く前の気配だ。
あれこれ考えてる場合じゃない!
俺はとにかく、レオを落ち着かせようと、リーザのいる顔の方へと向かう。
レオから何かの圧力が発せられてるようで、いつものようには動けないが、それでももがくようにしながら前に進む。
レオの顔……いや、耳に直接声を届けられたら……!
「グルルルル……ガッ……!?」
「ダメェェェ!」
「リーザ!?」
もがきながら進むも、レオの方が準備完了したようで、いざ! と体を飛び上がらせようとした瞬間、しゃがみ込んでいたリーザが叫びながら立ち上がり、レオの前に立ち塞がった。
レオの体なら、リーザの小さな体を弾き飛ばすくらいは簡単だろうが、怒っていてもレオはそんな事をせず、体を押し留まらせた。
手を大きく広げているリーザを、戸惑った様子で見ているな……圧力も少し収まったし、今なら動ける。
「こら、レオ! 何をしてるんだ!」
「ガウ!? ……ワウ……ワウゥ……」
さっきより多少は動きやすくなった体で、リーザとレオの間に体を入れ、レオの頬をつまみながら叫ぶ。
ようやく俺に気付いたレオが、怒かりの雰囲気を萎ませ、段々と情けない声を出す。
この頃には、レオから発していたと思われる圧力や、仄かに光っているように見えた銀色の毛は、いつもの状態に戻っていた。
代わりに、周囲の人達が普通に動けるようになり、ハルトンさんの店の周囲は騒然とし始めた。
「このままここにいるのは、まずいかな……」
「ワウゥ……」
「ママ、大丈夫?」
レオが誰かを襲ったという事ではないが、怒って辺りに圧力をかけてたのは間違いない。
レオの頬をつまみながら、周囲をそれとなく見てみると、結構な数の人が集まって来ており、一部は怯えた表情をしているようだ。
シルバーフェンリルだと理解してる人は多くはないかもしれないが、人よりも数倍の大きさを持つレオが、街中で怒りを露わにしたんだ、恐れるのも無理はない。
騒ぎになっているせいで、さらに人が集まっても来ているし……。
ラクトスの人達が、レオを見慣れてくれるようにしようと考えているのに、このままじゃまずいろう。
俺がどうするかを考えている間、おとなしくなったレオへ寄り添うように、リーザが前足に手を伸ばしているが、そちらの方も気になる。
リーザは怪我をしているし……早く治療してあげたい。
かといって、ここで『雑草栽培』で薬草を作るわけにもいかないしな……よし!
「クレアさん、ライラさん! レオに乗って下さい! ……リーザも!」
「は、はい!」
「わ、わかりました!」
「きゃっ!」
「レオ、走るぞ! とにかくここを離れるんだ!」
「ワ、ワフ!」
レオからの圧力がなくなり、自由に動けるようになっているクレアさんとライラさんに向かって叫び、レオに乗ってもらう。
二人がヨハンアさんやニコラさんに手伝ってもらい、レオの背中に乗ったのを確認後、リーザを抱えて先に乗っていた二人に引っ張り上げてもらう。
ちゃんと乗ったのを確認後、すぐにレオへ向かって叫ぶ。
怒られる事を覚悟していたのか、一瞬戸惑ったレオだったが、すぐに頷いてくれた……よし、ちゃんと俺の言葉は聞こえてるな。
「ニコラさん、ヨハンナさん、すみません!」
「はい、この場はお任せ下さい!」
「クレアお嬢様をお願いします!」
「はい! っ!」
ニコラさんとヨハンナさんに、騒然となったこの場を任せ、レオと一緒に走り始める。
俺達を取り囲むようにしていた人達は、レオが走り始めるとすぐに横へ避けてくれた……怖がって逃げたとも言うか。
人でできた道を通りながら、全力でその場を離れた。
こういう時、体を鍛えていて良かったと思う。
人込みを抜ける時、ちらりと見覚えがあるような気のする顔が見えたが、今はそれに構ってる場合じゃない。
気にはなったが、すぐに意識から外して、走る事に集中した。
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