第368話 共同運営を持ちかけました



「雇う事自体は問題ない。だが、それを周囲がどう見るかだな。場合によっては、公爵家が侮られる可能性というのもあるからな」

「侮られる……平民ごときに雇われる者、と?」

「それも一つだな。ランジ村の者や、これから雇う者達には知られるだろうが……他の者にはどうとでも言い訳はできる」

「言い訳ですか?」

「うむ。雇われているのではなく、ただ滞在しているだけとな。それに、公爵家が売るための物を作るのだ、それを監視しているとでも言えば、対外的には問題ないだろう」

「クレアさんが雇われているというのは、隠すんですね」

「そうだ。隠すと言うと、人聞きが悪いかもしれないが……騙して悪事を働こうというわけではないからな。正しく報告する義務がある王家には言う必要はあるが、こちらも同じく問題ないだろう」

「そう、ですか……」


 エッケンハルトさんが言うには、クレアさんが雇われたとしても、働く範囲はランジ村近辺なため、目撃する人も少なくて済むから知られる機会が少ないという事。

 噂で広まる事もあるかもしれないが、そこはセバスチャンさんが何とかしてくれる……のかもしれないしな。

 だから、俺が雇う事は問題なく、クレアさんはただ薬草を作る所を監視するため、ランジ村に滞在しているという事にするから大丈夫、という事だろう。

 貴族制度の事や、もし雇った場合に公爵家へ迷惑をかける事はないと知り、安心した。

 迷惑は、全くないわけじゃないとは思うけどな。


 ともあれ、問題がないのであれば、俺はクレアさんの意思を尊重したいと思う。

 さすがに雇ったからと、俺の方が上だとか、クレアさんを下に見る事はしないしな。


「とはいえ、時折この屋敷にも……数日おきには帰って来た方がいいだろうがな。クレアには、屋敷の近辺の事を任せてある。さすがにランジ村で全ての事をこなすのは無理があるだろう」


 クレアさんを雇う事を、前向きに考えていると、エッケンハルトさんが屋敷に戻る事も必要と、付け加えた。

 そりゃそうか……屋敷で行わないといけない事もあるだろうし、なんでもランジ村で済ませてしまう事はできない。

 それに、屋敷にいる使用人さん達も、主であるクレアさんがずっといないんじゃ、張り合いもないだろうしな。

 なんて考えながら、対面に座るクレアさんを見ると、落ち着かない様子だった。


 貴族の話から、エッケンハルトさんが問題ないと言ったりで、ホッとした様子を見せたり、俺がどう判断するかをハラハラした様子で見たりと、忙しいクレアさん。

 さすがに、そろそろ焦らすのもかわいそうになって来た。

 というかエッケンハルトさん、少し口元を緩めながらクレアさんを見ているが、もしかしてわざと話を引き延ばしたりしてるのか?

 いつもはセバスチャンさんがメインで説明をするのに、今回はエッケンハルトさんが率先して説明してるし……貴族の話だからかもしれないが。

 ……説明をエッケンハルトさんに取られて、気落ちした様子のセバスチャンさんは、とりあえず放っておこう。


「それに、どこの誰とも知れぬ者に雇われるよりか、信頼のおけるタクミ殿に雇われた方が、私も安心だしな。もし問題があっても、私が全てなんとかする」


 さらに言葉を続けるエッケンハルトさん。

 口元が緩んでどころか、そろそろにやけてる顔になって来てるな。

 クレアさんがやきもきしてる様子が、余程楽しいようだ。

 まぁ、言ってる事は嘘でもなんでもなく、本当の事なんだろうがな。


「わかりました。何も問題がなく、エッケンハルトさんやセバスチャンさん。そしてクレアさんが納得するのなら、そうしましょう」

「本当ですかっ!?」


 そろそろ本気でクレアさんがかわいそうになって来たので、また何か言おうとしたエッケンハルトさんが、引き伸ばさないうちに、クレアさんを雇う事に決めた。

 やきもきしながら、俯き加減だったクレアさんは、俺の言葉で弾かれたように顔を上げ、嬉しそうにこちらを見た。


「ただし……」

「え、何かあるんですか?」

「条件でもあるのか、タクミ殿?」

「条件というか……薬草を作る畑は、クレアさんとの共同で……として欲しいのです。なんというか……俺がクレアさんを雇うと言うのは、烏滸がましいというか……あまりしたくないのです」

「共同、ですか……」

「ほぉ?」


 嬉しそうにこちらを見るクレアさんと目を合わせ、その喜びを抑えるように声を出した。

 エッケンハルトさんの緩んでいた口元は引き締まったが、さらに面白そうな雰囲気を出してこちらを見る。

 二人に対し……興味深そうに見ているセバスチャンさんも含めて、三人に対し、クレアさんと共同で薬草の畑を運営という事にして欲しいとお願いする。

 俺の我が儘かもしれないが、クレアさんには俺の下につくとか、そういう事をして欲しくないと思ったからな。


 この世界でお世話になっている人だから、という事もある。

 あとはまぁ、俺一人で人を雇い、上に立つというのが不安だったというのもあるかな。


「人を雇って、人の上に立つ……というのは今までした事がないので、不慣れなんです。だから、クレアさんと共同でとする事で、助言を頂けないかなと」

「ふむ、成る程な。中々面白い考えだ」

「……旦那様、これであれば、様々な問題が解消されるかと」

「そうだな。共同とする事で、クレアがランジ村で監視するという名目も立つ。実際に誰かの下に付いているわけではないから、何かを言われる事もない……か。面白い」

「共同……そんな方法が。……タクミさんと私が共同……ちょっと早くないかしら? でも、それはそれで……」


 正直に考えを話す。

 使用人を使ったり、立派な教育を受けてるクレアさんなら、俺が雇った人達へ駄目な指示を出そうとしても、止めてくれる事も期待してる。

 俺にはまだ知らない事が多いし、クレアさんと一緒なら、なんでも……というわけではないが、色んなことができそうだ。

 まぁ、ほとんど俺がクレアさんに、頼ってしまう事が多いだろうが。


 セバスチャンさんと顔を見合わせ、話した後でニヤリと笑い、エッケンハルトさんは頷いた。

 そうか、直接下に雇うわけじゃないから、公爵家としても外聞が保てるわけだ。

 というかやっぱり、全く問題がないわけじゃないよな……エッケンハルトさんなら、気にするなとか、それはこちらで解決するとか言いそうだけどな。


 クレアさんの方は、俺の考えを聞いて、何故か顔を赤くして俯き、小さな声で何やら呟いている。

 共同という事に驚いてるらしいが、呟きのほとんどは小さくて聞こえなかった。

 また俺、変な事を言ってしまったかな?



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