第344話 尻尾の付け根は注意が必要でした



「ワフー、ワッフワッフ」

「ふむふむ。毛並みに沿って、ゆっくり撫でる。あとは、指に毛を絡めて梳くように……か。手櫛で毛を整える感じかな?」

「にゃふ! ちょっとくすぐったい、かな?」

「ワフー」

「もう少し強くね。わかった」


 尻尾に手を伸ばし、ゆっくりと根本から外に向かって、毛並みに沿うように手櫛で撫でる。

 しかし、ちょっと力が弱すぎたのか、リーザが体を震わせた。

 優しくやればいいとだけ考えていたが、少し強めでもいいみたいだ。

 考えて見れば、レオの毛を梳かす時も、力を入れて強めの方が気持ち良さそうだったか。


 かるーく毛を引っ張られるのが、気持ちいいみたいだな。 

 もちろん、強く引っ張り過ぎたら痛いから、嫌がるんだろうが……そのあたりの力加減は、レオを相手にしてたから、お手の物だ。


「ワッフ、ワフワフ」

「次は尻尾の根本……っておい!」

「ワフ?」

「どうしたの、パパ?」


 気持ち良さそうなリーザに癒されながら、レオの指示に従って尻尾の付け根に、手を移動させようとして気付く。

 リーザの尻尾は、俺の想像よりも上の腰から生えていたが、当然そこはお尻に近い場所だ。

 付け根を揉み解すという事は、リーザのお尻の上を触るという事だ。

 リーザ本人はあまり気にしていない様子だし、レオも何で俺が手を止めたのかわからないようで、首を傾げてるが……さすがにこれは、このまま触れないだろう。


「レオ、リーザのお尻に近いというか……付け根の下はお尻だぞ? さすがに軽々と触るわけにはいかないだろ」

「ワフ?」

「いや、何で? じゃなくてだな……」


 レオは元が犬だし、そういう事は気にしないのかもしれない。

 気にするのって、俺が人間だからだしな。

 この辺りは、人間と獣との大きな違いなのかもしれないが……ともかく、レオに懇々と女の子のお尻だとか、体を不用意に触れてはいけない事を教え込む。

 特に男が女の子のお尻を触るのは駄目だと、何度も言っておいた。


 俺の説明に、レオは納得いかないながらも、一応は理解してくれたようで、付け根を揉み解すのは言わなくなってくれた。

 まぁ、尻尾の付け根に関しては、クレアさんやライラさんに揉み解して、凝りを取ってもらうよう頼んだ方が健全だろう。

 ちなみにリーザは、俺がレオに説明している間、首を傾げて不思議そうにしていた。

 うん、リーザにはまだ早いから、わからなくてもいいんだぞー?


「はぁ……とりあえず、今日は付け根の上側だけにしておくか」

「ワフ、ワフワフ」

「パパ、お願い」

「うん、わかった。変なとこを触ってしまったら、ごめんな?」

「変なとこって、どこ?」

「いやその……まぁ、気にするな」


 とりあえず、お尻に触れる危険がない、付け根の上側だけ揉み解す事にした。

 こっちは腰の上で、ほとんど背中だからな……多分大丈夫だろう。

 手を伸ばしながら、もしもがあった時のため、先に謝ると、リーザが変なとこという言葉に反応してしまった。

 こちらを見上げて首を傾げているが、俺の口からはいいづらい。


 誰か、この屋敷にいる女性に頼んで、教えてもらおう……俺、色んな人に頼りっきりだなぁ。

 とにかく、こういうことは男が説明する事じゃないと、無理矢理納得しておいた。


「気を付けて……成る程、ここか。確かにちょっと硬いような気もするな」

「にゃふぅ……にふふ……」


 あまり下に行き過ぎないように気を付けて、尻尾の付け根の上側を揉んで解すようにする。

 骨とは違う感触で、肩が凝っている人と似たような硬さになっていた。

 尻尾なんて、リーザの感情に連動して激しく動く事が多いから、特に凝ってしまうんだろうな。

 これは、ライラさんとかの女性に頼んで、しっかり揉み解してもらった方がいいかもな。


「ん~……ふにゅ……すぅ……」


 俺が力を込め過ぎたり、逆に力を入れなさ過ぎたりしないよう、レオに監視されながら、リーザの耳や尻尾を撫でているうちに、コテンと横になって寝てしまった。

 さっきまで寝ていたし、もうかなり遅い時間だ……眠くても仕方ないだろう。

 多分、俺やレオと一緒にいたくて、我慢してた部分もあるんだろうな。


「気持ち良さそうに寝たな。……俺達も寝るか」

「ワゥ」


 小さくレオに声をかけながら、リーザに毛布を掛ける。

 レオは昨日と同じように、リーザが寝惚けて落ちないよう、ベッドの端に体をくっつけるようにして丸くなった。

 俺もベッドの奥へ移動し、横に入って眠りに就く。

 明日も、またリーザがレオの所に移動したりしてるかな? なんて考えながら、意識は薄れて行った。



――――――――――――――――――――



「……お爺ちゃん……ぐす……」

「よしよし。大丈夫、リーザは一人じゃないから」

「ワフゥ……」


 翌朝、何やら腕が重い気がして目が覚めると、仰向けで大の字になって寝ていた俺の右腕に、リーザが抱き着いていた。

 それだけなら良かったんだが、寝ているはずのリーザは薄っすらと涙を流し、泣いていた。

 急にどうしたのかと一瞬驚いたが、リーザが寝言でお爺さんの事を呼んでいたから、夢を見ているのだと気付いた。

 もしかすると、お爺さんと別れる時……亡くなった時の事を夢に見ているのかもしれない。


 顔を上げてベッドの外から、俺達の事を見ていたレオと目が合い、すぐにリーザへ視線を戻す。

 閉じている目から流れている涙を、開いている左手でゆっくり拭い取り、そのまま安心させるように頭を撫でて小さく声をかける。

 ベッドの外から、レオも心配そうな声で鳴いた。


 日中は、俺やレオがいて、他にティルラちゃんやシェリーと遊び、元気そうに笑ってたけど……やっぱりまだ、少しは無理をしている部分があるんだろうな。

 こんな小さな子供が、拾われたスラムで、お爺さんと死に別れ、さらには寄ってたかってイジメられてたんだ。

 これからは、寂しくないし、楽しい事がいっぱいあるんだと伝えて行くようにしよう。


「ん……あれ、パパ?」

「起きたかい?」

「うにゅ……うん。……ふぁ~」

「ははは、昨日は遅くに寝たから、まだ眠いか。もう少し、寝ておく?」

「ううん、起きる。パパやママと今日も一緒にいる!」

「そうか。それじゃあ、起きようか」


 リーザに悲しい思いをさせないと、心の中で決意した時、リーザが目を覚ました。

 目を擦り、一度大きくあくびをしてまだ眠そうだったが、眠気は我慢して起きるようだ。

 俺の腕から離れたリーザは、体を起こし、ベッドから降りて行った。



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