第340話 リーザとは部屋を分けない事に決まりました



 リーザは、俺かレオが傍にいないと一人になると思うのか、それとも置いて行かれると思うのか、不安そうにするからな。

 スラムに捨てられた時は、生まれて間もないという話だったし、その時の状況は覚えていなくとも、心の奥底になんとなく残っているのかもしれない。


 それに、リーザを拾ったお爺さんに先立たれてるから、そこでも置いて行かれたと考えていても不思議じゃないしな。

 できるだけ、リーザが不安になるような事は避けて、一人じゃないと教えてあげたいが……それには時間もかかりそうだ。


「そうですね……リーザ?」

「なになに、パパ?」


 レオの背中に乗り、フカフカの毛に包まれてご満悦のリーザに声をかける。

 こういう時は、本人に聞くのが一番だ。

 リーザは、俺とクレアさんが何の事を話しているのかわからない様子で、不思議そうにこちらを見ていたが、俺が声をかけると嬉しそうに首を傾げた。

 こういう反応を見ると、甘やかしたくなるなぁ。


「えっとだな……リーザ専用の部屋が、用意できたみたいなんだけど、どうしたい?」

「私の? でも、パパとママはどうするの?」

「その部屋は、リーザのための部屋だからな。俺とレオは、昨日と同じ部屋で寝るよ」

「……私、一人なの……?」

「ワフ……」


 俺の説明を聞いて、一人の部屋が用意された事を理解するリーザ。

 すぐに顔を俯け、さっきまで楽しそうだった表情を曇らせる。

 尻尾や耳も垂れ下がり、リーザが嫌がってるのがはっきりとわかる。


 急に元気がなくなったリーザを気遣うように、レオが自分の背中に乗ってるリーザへ顔を近付けようとするが、上手く行かない。

 レオ、さすがに自分の顔を背中に持って行くのは無理だと思うぞ?


「そうか……リーザを一人にするつもりじゃないんだが。やっぱり嫌か?」


 落ち込んでしまったリーザの近くに移動し、レオの代わりに顔を近付けて聞く。

 この様子を見ると、答えはわかり来ってるが、ちゃんと聞いておかないとな。


「……うん。パパやママと一緒がいい……」

「わかった。それじゃあ、今日からも俺達と一緒に寝よう」

「ほんと!?」

「あぁ、ほんとだとも。リーザが寂しがるような事はしないよ」

「ワフワフ」

「やったー!」


 嫌がるリーザを、無理矢理一人にはできない。

 俺が一緒に寝ようと言った時、すぐにリーザは破顔して喜び、尻尾をブンブンと振り始めた。

 リーザに頷き、レオも頷いて鳴くと、両手を万歳させてまで喜ぶリーザ。

 そんなに、一人になるのが嫌なんだなぁ……俺やレオと、離れるのが嫌なだけかもしれないが。


「……そういうわけみたいです。すみません、部屋を用意までしてもらって」

「いえ、リーザ様とタクミ様を見ていれば、何となく予想はできておりましたから。それでは、これからはリーザ様はタクミ様の部屋で、という事で」

「はい、お願いします」


 リーザから視線を外し、ライラさんへと伝える。

 これまでの様子を微笑ましそうに見ていたライラさんは、俺の謝罪に首を振り、リーザが俺と同じ部屋になる事を認めてくれた。

 まぁ、最初から予想できてた事らしいけどな。

 昨日から見ていれば、簡単に想像できるか。


「あー……でも、風呂はさすがに……」

「そうでしたね。ふふ、ゲルダから聞いております」

「……そうですか」


 昨日はレオを風呂に入れてる途中で、リーザが乱入して来た。

 部屋の事もあるし、リーザを一人で風呂に入れるのは気が引ける……かといって、いつも俺が入れるわけにもいかないだろう……女の子なんだし。

 そう考えて呟くと、ライラさんが朗らかに笑った。

 どうやら昨日の事は、ゲルダさんによって聞かされていたらしい。


 変な疑いをされないよう口止めしていたが、さすがにライラさんには言ってしまうか……上司のようなものだから、報告義務みたいなのもあるだろうし。

 それにライラさんはゲルダさんと一緒に、俺やレオの世話係のようになってるから、言わざるを得なかったんだろう。

 この事で、さすがにゲルダさんを責める気にはなれない。

 ……ライラさんなら、言わなくてもいつの間にか知ってそうだしな。


「リーザ様がよろしければ、私が代わりにお世話をしますが?」

「ライラさんがですか、そうですね……リーザ、この人が俺やレオの代わりに、風呂に入れてくれるみたいなんだけど、どうだ?」


 ライラさんからの提案に、リーザの方へ視線を向け、聞いてみる。

 提案して来る時、ライラさんの表情に、期待と喜びが混じっていたような気がするのは、気のせいだろうか……?

 リーザの尻尾や耳が目的なのか?

 いや、ライラさんの事だから、お世話できるならしたいと考えてるのかもしれない。

 世話好きみたいだしなぁ……まぁ、ライラさんなら変な事はしないだろう。


「パパと一緒じゃないの?」

「リーザは女の子だからな。女の人と一緒に入るのが、一番だと思う。もちろん、リーザを一人にしたりしないぞ?」

「……うん、わかった。えっと……」

「リーザ様、ライラでございます」


 リーザが俺やレオ以外が相手となると、ちょっと嫌がるかもしれないが……。

 決して一人にしない事を強調しつつ、ライラさんと一緒に風呂へ入るかどうかを聞く。

 一番の不安は、一人になる事みたいだからな。

 今度は部屋の時と違って、リーザは渋々ながらも頷いてくれた。


 ライラさんの方に顔を向け、何か考えるような仕草。

 すぐにライラさんが名乗り、頭を下げた。

 考えてみれば、リーザはライラさんの名前を直接聞いた事はなかったか。


「ライラお姉さん? えっと……お願い、します」

「タクミ様や、他の皆さんと同じ話し方で大丈夫ですよ。それではリーザ様、誠心誠意お世話させてもらいますので、よろしくお願いします」

「はい……じゃなかった、うん」


 ライラさんが頭を下げ、リーザが頷いてレオから降りた。

 お姉ちゃんじゃなくて、お姉さんというのは、クレアさんよりも若干年上に見えるからか……それとも胸の大きさなのか……その辺りの線引きは、リーザしか知らない……ってのはどうでもいいか。

 本当は、お世話されるリーザがお願いして、頭を下げるべきなのかもしれないが、ライラさんとしてはこれが正しいのかもしれない。

 お世話しないと落ち着かない人……なのかもな。

 以前、この屋敷に来てすぐの頃、最初は案内してもらっていたが、道を覚えて案内が必要ないと伝えたら、意気消沈してたしな。


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