第336話 リーザはエッケンハルトさんの事をわかっていませんでした



「ん? まだ途中だぞ。さすがに、すぐに全てを決められるわけじゃないからな」

「そうですね。雇う人の人選、タクミ様にお願いする土地の広さ……ランジ村の村長さんにも、話す必要がありますしね」


 食卓につき、話の方はどうなったのか聞いてみると、まだ決まったわけじゃないらしい。

 そりゃそうか。

 こういう事は、数時間程度で決められる事じゃないしな。


「ランジ村の村長……ハンネスさんには?」

「うむ。ランジ村でロゼワインを作る事や、タクミ殿の使う土地の話をしなければいけないからな。今使いの者を走らせている」

「話をしないと、こちらの事が進まない事でもあるので……早馬を使って伝達をさせました。数日後には返答があるかと思われます」


 ハンネスさんにも知らせるよう、詳細の記された書簡が送られたようだ。

 ロゼワイン、作ってくれるかなぁ?

 ワインを作る事に夢中で、子供達を構ってやれなかったと、ハンネスさんは後悔してた。

 伯爵領からの仕入れを考えると、乗り気にならない可能性もある。


 まぁ、領主であるエッケンハルトさんからの話だから、断らずに受けるとも考えられるか。

 こういう事に、権力を前面には出さないエッケンハルトさんだが、それでもハンネスさん達からしたら、断りづらいだろうしな。

 エッケンハルトさんやクレアさんは、もちろんわかってるだろうがな。

 ランジ村に行った時には、ハンネスさんに詳しく事情を話したり、謝る必要があるのなら、謝っておこう。

 村の近くで薬草を栽培するんだから、『雑草栽培』の事を完全には隠せないだろうしな。


「ねぇねぇ、パパ?」

「うん? どうしたんだい、リーザ?」


 ハンネスさんの事やランジ村の事を話していたら、隣に座っておとなしく料理が配膳されるのを待っていたはずのリーザが、俺の服の裾を引っ張った。

 何か気になる事でもあったか?


「あの人……誰?」

「え?」

「む?」


 リーザが示したのは、エッケンハルトさん。

 ラクトスでリーザを発見した時から、ずっと一緒にいたはずだが……。


「えっと、リーザ? あの人は、俺がリーザを助けた時、一緒にいた人だよ?」

「え? でも、布を巻いてないよ? 確かに、匂いは近い気がするけど……」

「むぅ……怖がられないために髭を剃ったが、そもそも顔の認識をあまりされていなかったか……」

「ぷっ……くすくす……お父様、それで髭を剃ったんですね? いつもは伸びても気にしないのに、急に剃っていたので、どうしたのかと。あまり、気にはしませんでしたが」

「父様の髭がない顔、久しぶりですね」

「くっ……くっくっくっ……」


 リーザはエッケンハルトさんの事を、顔に布を巻いた人としか認識していなかったようだ。

 孤児院で髭を見せた時は怯えてたし、それを剃った今では、まるで別人のように見えるからな。

 よく見知ってる人以外には、正体がバレないように布を巻いていたのだから、ある意味成功とは言えるか。


 でも、匂いで人物を確かめるとは……獣っぽくはあるが、それも獣人の特徴なんだろう。

 鼻の形は人間と変わらないが、嗅覚は発達してるのかもな。

 それはともかく、皆エッケンハルトさんを見て笑ったりしてる中で、アンネさんの笑い方だけは怪しい。

 どこぞの黒幕のような笑い方になってるが……縦ロールと相俟って、似合ってはいる……のか?


「リーザ、私はずっと一緒にいたのだぞ?」

「エッケンハルトさん、ちょっと言い方が怪しいです……」

「くくくっ……くふふふふ……」


 なんだか、子供を付け回す変態のような物言いだ。

 あと、それを聞いたアンネさんがさらに怪しい笑いになってる。

 ここは公爵家の屋敷であって、怪しい集団の集う秘密結社ではない。


「リーザ、あの人はリーザを助けた時に、一緒にいたおじさんだよ。街からここまで、一緒に来ただろう? 今は布を外して、あんな顔になってるけど」

「あんな顔とは、失礼だなタクミ殿。これでも、年を取って尚、女性には評判が良いのだぞ?」

「お父様、いきなり新しいお母様を連れてきたりしないで下さいね?」

「う、うむ」


 あんな顔と言ったのは確かに失礼で、エッケンハルトさんは整った顔をした美中年といった風貌だ。

 目つきは鋭いが、髭を剃って髪を整えた事で、山賊風の威圧感はなくなり、上流階級という事が納得できる高貴な雰囲気を醸し出してる……ような気がする。

 エッケンハルトさんが言うには、女性には評判がいいらしいが、それを聞いたクレアさんがすぐにくぎを刺すように注意した。

 冗談で言ったのかと一瞬思ったが、あの雰囲気は本物だ……過去にエッケンハルトさんが、何かやらかした事でもあるんだろうか?


「んー、確かに目とかが、あの時のオジサンに似てる気がする……匂いも近いし……そうだったんだ」

「うむ、その通りだ」

「うん、そうだよ。あとリーザ、さすがに人の匂いを面と向かって嗅ぐのは止めような? 失礼になる事もあるから」

「そうなの?」

「うん。人によっては、自分の匂いを気にする人もいるからね?」

「わかった、気を付ける!」

「「……」」

「ワフ?」

「キャゥ?」


 リーザが椅子から降り、エッケンハルトさんの顔を下から覗き込むようにしながら、近くに寄って匂いを嗅いだ。

 エッケンハルトさんは気にせず、認めるように頷いたが、さすがにいきなり、人の匂いを嗅ぐのは注意しないとな。

 今まで髭を伸ばし放題、髪も整えなかったエッケンハルトさんだから、気にしてないだけだろうし。

 リーザに注意して、素直に頷いてくれた事に安心していると、視界の隅で何やらクレアさんとアンネさんが、椅子に座りながら少し体や腕を動かしていた。


 何してるんだろうと思ったが、今リーザに言った事が原因か……。

 二人共、自分の匂いが気になってしまったらしい……女性だからな、仕方ない。

 二人から嫌な臭いはした事がないし、むしろいい匂いだから、安心して欲しい……失礼になるかもだから、口には出さないが。


 レオとシェリーは、そんなクレアさんとアンネさんの仕草を見て、首を傾げていた。

 女性と雌の、意識の違い……かな? 種族の違いか。

 リーザにはレオではなく、是非ともクレアさん達の方を見習って欲しいかな……。



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