第326話 剣の鍛錬ではなく魔法の鍛錬をする事になりました


 

 それにしても、甘い物が贅沢品か……。

 日本でも、昔は砂糖が高級品と言われてた時代があったっけ。

 サトウキビとか、ビートとかを作ったら、砂糖の値段が下がって皆が食べられるようになるかな?

 とは思ったが、俺の『雑草栽培』は農業用の作物は栽培できないからな。


 同じ理由で米も無理だろうし……食事事情の改善は、俺には無理そうだ。

 まぁ、ここで食べる分に不満は一切ないし、すぐに改善する必要性は感じないんだけどな。



「さて……では行こうか、タクミ殿、ティルラ」

「少し待って下さい、お父様」

「む、どうしたのだ、クレア?」


 デザートも食べ終わり、食後のティータイムも終わった頃、剣の鍛錬をしようと立ち上がり、俺やティルラちゃんに声をかけたエッケンハルトさんを、クレアさんが止めた。

 ちなみに、アンネさんはまだリーザが馴染んでくれないので、部屋で対策を考えると、肩を落としながら去って行った。

 ちょっとかわいそうだが……変な事を考えないで欲しいと願う。


「剣の鍛錬もいいのですけど、タクミさんは、魔法も使いたいのでは?」

「ほぉ、そうなのか?」

「あー、そうですね。確かに魔法も使いたいですね。戦うためとかではないんですが」

「ふむ、そうか。では、今日は魔法を教えるか。ティルラにもちょうどいいかもしれないしな」


 クレアさんが言ったのは、俺が以前に魔法を使ってみたいと言っていた事。

 この世界に来て、魔法は初めて見たが、使えるのなら使いたいと思う。

 一応、基礎中の基礎は、セバスチャンさんに教えられて、光を出す魔法だけは使えるが。

 魔法と聞いたエッケンハルトさんは、すぐに剣の鍛錬をそちらにする事を決めた。


「それなのですが、タクミさんには私が教えようと思います。ティルラには、お父様かセバスチャンが教えて下さい。タクミさんは、以前セバスチャンより基礎は習っていますから」

「そうか……それなら、ティルラには最初から教えないといけないだろうな。わかった、ティルラには、私から教えよう」

「魔法ですか?」

「うむ。剣を使う事もいいが、魔法は様々な事ができるようになる。戦いに使えるようになるには、少々苦労するが……これもいい勉強になるだろう」

「剣の方がいいですが……わかりました」


 ティルラちゃんは、まだ魔法を教えてもらった事がないらしく、俺とは別でエッケンハルトさんが教える事となった。

 まぁ、教えられた俺とは知識に差があるから、一緒にとはいかないのはわかる。

 それにしても、ティルラちゃんは剣を使って体を動かした方が好みのようだ。

 ティルラちゃんらしいと言えば、らしいのかもな。


「では、私がタクミさんを。お父様はティルラに、で決まりですね」

「うむ」

「お願いします」


 そうして、今日の昼はクレアさんに、魔法を教えてもらう事に決まった。

 もしかしてクレアさん、以前森の中で魔法を俺に教えると約束した事を、覚えてたのかな?

 ランジ村に行く前、セバスチャンさんが教えてくれたから、もう忘れてると思ってた。

 何でもないような話だったし、森の探索をしながらだったうえ、シェリーの発見もあったから、忘れても無理はないと思ってたんだけどな。

 特に重要じゃない約束だが、覚えてもらえてるとわかると、嬉しいもんだな。



「魔法……?」


 裏庭に出て、エッケンハルトさんやティルラちゃんとは距離を離して、魔法の講義を始め……ようとしたところで、一緒に来ていたリーザが首を傾げた。

 どうやら、今まで甘みの感動で、食堂での会話は耳に入ってなかったらしい。

 ここに来て魔法という言葉を聞き、今から何をするのか疑問に感じたようだ。


 ……ちょっと、食べ物を餌にして誰かに連れて行かれないか、心配だ。

 まぁ、俺やレオから離れる事を嫌がるから、今のところは大丈夫だろうが。

 周囲に慣れて、俺達から離れられるようになるまでに、その辺りの事を教えておかないとな。


「リーザちゃん。これから私が、タクミさんに魔法を教えるの。リーザちゃんは、魔法を見た事は?」

「お爺ちゃんが使って……ました。だから、見た事はあり……ます」

「そうですか。……リーザちゃん、私には……いえ、ここにいる人達には、丁寧な言葉を使うように気を張らなくてもいいのよ?」

「でも……お爺ちゃんに、大人の人にはそうしろって……」

 

 リーザの疑問に答えるように、クレアさんが言う。

 それに対し、リーザは急にたどたどしくなった敬語で、クレアさんと話す。

 クレアさんは、リーザを優しく見つめて、楽に話せるように言ってくれたいるようだ。

 確かに、クレアさんを始め、ここにいる人達は、子供が敬語を使わないというだけで、怒るような人達じゃないからな。


 逆に、遠慮してる方が注意して来そうだ……特にエッケンハルトさん辺り。

 本当にそれでいいのか、確認するように俺を見上げるリーザ。

 身長の関係で、上目遣いになるのは仕方ないと思うが、耳を少し下げながらのこれは、破壊力があるな。

 少し離れていた場所で、こちらを見守っていたライラさんも、口に手を持って行って、何かの衝動に耐えてるみたいだし。


 ともあれ、ここまで言ってくれてるのだから、リーザが遠慮する必要はないだろう。

 しかし、スラムにいてそういう事を教えるとは、お爺さんはどんな人だったんだろうな。


「リーザ、クレアさんがこう言ってくれてるんだから、大丈夫だよ。皆怒ったりはしないから、安心して俺に話すのと同じように、話していいんだ」

「……うん、わかった。えっと……クレア……お姉ちゃん?」

「えぇ、クレアお姉ちゃんよ?」

「よろしく、お願い……ううん、よろしく!」

「はい、よろしくね、リーザちゃん」


 リーザが安心できるよう、優しく語りかけながら、俺に対する時と同じように話してもいいと伝える。

 少し考えて頷いたリーザは、クレアさんに向き直って、恐る恐るクレアさんをお姉ちゃんと呼んだ。

 しゃがんで目線を合わせたクレアさんに、丁寧に返しそうになったが、慌てて言い直し、笑顔になるリーザ。

 そんなリーザに、クレアさんが手を差し出し、二人で笑いながら握手をした。


「ワフ!」

「あら、レオ様も?」

「ワフワフ」

「ママも一緒!」


 笑い合う二人を見て、何を思ったのか急にレオが、握手している二人の手の上に、大きな前足を出した。

 どうやら、自分も握手、という事らしい。

 クレアさんの問いに頷いて答えたレオに、リーザが嬉しそうにその前足を握った。

 手が小さいから、レオの毛しか握れてないようだけどな。



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