第297話 エッケンハルトさんが落ち込みました



「ワフワフ!」

「きゃあ!」


 子供達に対して、遠慮気味に近付いてたリーザの襟元を咥え、一緒に連れて行く。

 母猫と子猫みたいだ……レオは犬……狼で、リーザは狐だけどな。

 あっちは、レオに任せていれば大丈夫そうだ。

 ……問題はこっちか。


「エッケンハルトさん……」

「タクミ殿……ここに来るまでは、リーザも平気だっただろう? 何故今になって……」

「いや、今まで顔を隠してましたからね……アンナさんも、最初わからないくらいでしたし……いきなり知らない男の人がいると思ったんじゃないですか?」

「……むぅ……しかし、子供に怯えられるのはさすがに堪えるな……ティルラはそんなことは無いのに……」

「ティルラちゃんは……まぁ、生まれた時から見てるので、慣れてるんじゃないですかね?」


 隅の方で、壁に体を向けて体育座りをして落ち込んでいるエッケンハルトさん。

 その様子に、俺だけじゃなく、アンナさんや孤児院の職員さん達も苦笑しかできない。

 公爵様のこんな姿……皆どう反応して良いのかわからないんだろうな。


「くぅ……」

「まぁまぁ、元気出して下さい。エッケンハルトさんもリーザを助けた一人なんですから、慣れたら懐いてくれますよ」

「タクミ殿は、既に懐かれてるから良いだろうが……子供に怯えられないようにするには、どうすれば……」


 エッケンハルトさんに近付いて、軽く肩を叩きながら慰める。

 公爵様に、こんな馴れ馴れしい事をして良いのか……? と一瞬考えたけど……なんとなく、近所の強面なだけで気の良いおっちゃんのように見えてしまってる。

 エッケンハルトさんの方も、気にしていない様子だから……良いのかな?


「まぁ、初めて見たら、エッケンハルトさんは強面なので……怖がられても仕方ないと思いますけど……」

「そうなのか!? ぐぬぬ……子供に好かれやすいように、髭まで生やしているのに……何故だ……」

「えっと……」

「……」


 エッケンハルトさんが言った言葉に、思わず俺とアンナさんは顔を見合わせてしまった。

 その髭、子供に好かれるためだったんですか……?

 子供にとって、大人の髭って結構怖い物だったりするんだよなぁ……。

 面白い形だとかなら、好かれる可能性もあるが……エッケンハルトさんのは、手入れもろくにしていない無精髭……これでは子供に対して好印象を持たれる事はないと思う。


 付き合い自体、短いアンナさんと目線を交わし、アイコンタクトで会話をする。

 お互い、考える事は一つ……どちらがエッケンハルトさんに事実を突きつけるか……だ。


「アンナさんは、孤児院もしていて、エッケンハルトさんと繋がりのある人なんですから、そちらから……」

「いえいえ、私などが公爵様に意見を申し上げるなど、恐れ多い……タクミ様の方から……」

「いやいや、エッケンハルトさんは、そんな事は気にしない人ですから。アンナさんの方から……」

「こういった事は、同性からの方が良いのでは? どうぞ、タクミ様の方から……」

「子供に好かれるためなのですから、日頃子供を見ているアンナさんの方が適任ではないですか? ささ、アンナさん……」

「いえいえ……」

「いやいや……」


 等々、こんな感じの内容のアイコンタクトで会話をする。

 ……俺が一人、脳内でこんな会話を繰り広げたんじゃないぞ?

 しっかりアンナさんと意思疎通して、こういった会話が無言で交わされてたはずだ。

 その証拠に、アンナさんは表情は笑っていても、目は真剣そのもので俺を見てる。


「なぁ……タクミ殿……どうしたら良いと思う? タクミ殿なら、リーザもそうだが、ティルラも懐いているからな……子供に好かれる方法もわかるのではないか?」

「……えっと」


 そんなやり取りをしていると、エッケンハルトさんが俯いていた顔を上げて、俺に聞いた。

 ……くっ、これじゃあ俺が言うしかないじゃないか!

 アンナさんの方をちらりと窺うと、ニヤリという笑いと共に「どうぞ、タクミ様の方から……」と言う声が聞こえた気がした。

 はぁ……仕方ないな……まぁ、エッケンハルトさんなら、失礼な事を言っても権力を振りかざしたりはしないだろうし……親しくさせてもらってる俺から言うしかないか……なんて覚悟を決めた。


「えっとですね……子供に確実に好かれる方法がわかるわけじゃないんですけど……その……髭が……」

「髭? 立派な髭だろう?」

「えぇ、そうなんですけどね。……整えてない髭は、子供にとって恐怖心みたいなものを煽るみたいで……はっきり言うと、エッケンハルトさんは髭があるせいで、見た目が怖く見えるのではないかと……」

「な、なんだと!? 髭のせいだと!? ……そんな……ばかな……」


 言いにくい事だったが、最後にははっきりと伝えてしまった。

 俺の言葉を聞いたエッケンハルトさんは、再びズガァァァン! とでも効果音がなりそうなくらいショックを受け、力なく地面に両手を付いて落ち込んでしまった。


「髭が悪いのか……」

「そもそも、なんでエッケンハルトさんは髭をそのままにしてるんですか?」

「……昔はしっかり髭を剃っていたんだがな……ティルラが産まれてすぐの頃、私の顔を見て泣いたのだ……自身の顔が強面だという事は自覚していたのだが……あれはショックでな……しかしある時、私がしばらく外を移動する事があってな。さすがに移動中は髭を剃る暇がなく、その状態で帰ったのだ」

「髭を剃っていない状態で、ティルラちゃんに見られたと?」

「うむ。そうしたら、今まで私の顔を見て泣いていたティルラが、私の顔に手を伸ばして笑ったのだ……。それ以来、子供に対するには髭をそのままにしていた方が良いのではと……もちろん、何か改まった催しがある時などは剃っているが……」

「そういう事だったんですね……」


 ティルラちゃんに泣かれて落ち込んでいたところ、髭を生やした状態の時は喜んでいたからと……。

 何だろう、クレアさんのお見合い話の時もそうだったが、エッケンハルトさんは基本的に娘からの影響で勘違いして、変な方向に進む癖があるように思う。

 憶測だが、ティルラちゃんが笑ったのは、顔が怖くなくなったわけじゃなくて、珍しい髭に興味を持っただけなんじゃないかな?

 そもそも、エッケンハルトさんの顔を見た時に泣いたのは、タイミングが悪かったとか……クレアさんも含めて周囲に女性が多かったため、男性を見て驚いただけだったりとかかもなぁ……。



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