第264話 エッケンハルトさんが早起きしました



「エッケンハルトさん、朝は弱いのでは? 大丈夫ですか?」

「タクミ殿にもらった薬草のおかげだ。安眠薬草、と言ったか? あれのおかげで、今朝はスッキリと目が覚めたぞ!」

「お父様が特別な用事もないのに、朝から起きられるなんて……天変地異の前触れかもしれません」

「本当に。エッケンハルト様が朝から起きてる姿を初めて見ましたわ」

「お前ら……私だって朝から起きる事もあるのだぞ?」

「ははは、それだけ珍しいって事ですね」

「ワフ、ワフ」

「レオ様まで……」


 疑問に思って訪ねると、昨夜俺が渡した安眠薬草のおかげらしい。

 ぐっすり寝て、疲れが取れたおかげで、朝にちゃんと起きられたという事だろう。

 年を取ると、疲れが取れにくくなって、朝起きるのが辛くなるからなぁ……いや、俺はまだ若いはずだ。

 ……学生の頃より、目覚めが辛いのは否定しないが。


 エッケンハルトさんが朝から起きて、食卓についてるのを珍しがる、クレアさんとアンネさん。

 さらに同意するように頷くレオ……という皆の反応に、がっくりと項垂れたエッケンハルトさん。

 少なくとも、俺が知ってるエッケンハルトさんは、今まで朝食を頂く事は無かったから、珍しいのは確かだ。

 まぁ、昔から知ってる間柄、というわけでも無いが。


「はぁ……皆が私の事をどう見てるのかわかった気分だな……。ともかく、朝食を頂くとしよう」

「お父様の日頃の行いだと思います」


 最近、クレアさんのエッケンハルトさんへの当たりが強い気がしないでもない。

 初めてエッケンハルトさんと会った時は、そんな事無かったんだけどなぁ。

 見合い話にも決着がついて、遠慮なく父親へ接する事ができるからかもしれないな。


「では、頂こう」

「はい」

「頂きます」

「はーい、頂きます!」

「ワフ」

「キャゥ」

「……えーと、頂きますわ」


 食卓に用意された朝食を前に、エッケンハルトさんの言葉で食事を始める。

 皆、普通に声を出して食事を始める風景に、アンネさんが戸惑っていた様子だけど、周囲に習って声を出してから食事を開始した。

 今まで、もしかしたらそういう事が無かったのかもしれないな……アンネさんの実家での食事風景は知らないが、もしかしたら一人で食べてたのかもしれない。

 それか、会話のあまりない親子関係だとか……かな?

 まぁ、変に勘繰るのは止めよう……もしかしたら全然違うかもしれないし、失礼だから。


「相変わらず、この屋敷の料理は美味しいですわね」

「ヘレーナのおかげよ。……お父様、もう少し落ち着いて食べて下さい」

「むぐ……しかしな、美味い物は勢いよく食べるのが、一番美味いのだぞ?」

「それは何度も聞きました……。はぁ、仕方ないですね……」

「ははは……」

「ワフ、ワフ……ワフワフワフ!」


 アンネさんが感心して呟く言葉に、クレアさんが返しつつも、がっつくエッケンハルトさんを注意する。

 やや引き気味に動きが止まったが、溜め息を吐いたクレアさんを見て、また食事をがっつくエッケンハルトさん。

 美味しい物を、自分が一番美味しい食べ方で食べる、と言うのが一番なのかもしれないな。

 ……レオもがっついてるし。


「んん! ……私の食べ方はともかくとしてだ。タクミ殿は、今日はどうするのだ?」

「俺ですか? 俺は……」


 クレアさんの注意をスルーして、食事へがっついてたエッケンハルトさん。

 もう食べたのか……早いな。

 何故か俺の予定を聞いて来るエッケンハルトさんだけど、クレアさんの注意を逸らすためなのかもしれない。

 事実、クレアさんもアンネさんも、俺がどうするのか気になってこちらに視線を向けているしな。

 ……アンネさんまで? まぁ、良いか。


「朝食が終わったら、いつものようにカレスさんの店に卸す薬草を作ります。店の方で薬草を切らすわけにはいきませんからね」

「まぁ、そうだな。多少なら大丈夫だとは思うが……ラモギだけは安定して供給しないといけないだろう」


 俺の言葉に頷くエッケンハルトさん。

 病の原因は取り除いたし、悪質な薬を売っている店も対処した。

 ラモギさえ供給していれば、いずれ病も収まって行くだろう。

 今すぐに……とはいかないのが残念だが。


「あとは……ミリナちゃんと調合の勉強ですね。昼食を終えたら、ヘレーナさんの所へレオと行って、試作したワインを見て来ようと思います」

「ふむ、そうか。わかった。それなら、早くとも夕食の頃にはワインが飲めるわけだな?」

「上手く行っていれば、ですけどね……」

「お父様、そんなにワインが早く飲みたいのですか?」

「まぁな。ジュースで飲んだ時のあの味……それがちゃんとしたワインで飲めるというのだ、楽しみにもなるだろう?」

「それは、そうかもしれませんけど……」

「あのジュースは美味しかったですわね。あれをワインで飲めるのは楽しみですわ! でも、どうしてジュースにしないと飲めなかったんですの?」

「貴女のせいでしょ、貴女の! 病の素が混ざっているため、そのまま飲むと危険なのよ!」


 アンネさん……。

 自分が提案した事のはずなのに、忘れてたのか?

 いや、多分だが……提案しただけでどのワインがどうとか、という事まで知らなかったのかもしれない。

 ……もしかしたら、ちょっとズレた天然のような性格なのかもしれないけどな。


「む?」

「どうしましたか?」


 アンネさんに対し、突っ込むクレアさんを微笑ましく見ていると、エッケンハルトさんが何か思いついたように声を出した。


「いや……ランジ村のワインだが……伯爵領にも出荷していたはずだ。主にバースラー宛だがな……。だがそれならどうしてバースラーは病になっていないのか……と思ってな?」

「あぁ、成る程。それは確かにそう考えても仕方ないですよね」

「何か知っているのか、タクミ殿?」

「ええ、まぁ」


 エッケンハルトさんの疑問はもっともだ。

 病の原因になっていたワインは、バースラー伯爵の所へと出荷している……というのはハンネスさんに聞いた。

 エッケンハルトさんと話したことは無かったと思うが、公爵として、自領内の各街や村の産業やどこへ出荷しているのかを把握しているんだろう。

 でも、何故バースラー伯爵は病になっていないのか……ランジ村でフィリップさんが荷馬車を連れて来るのを待っている間、ハンネスさんと話した事があるのを思い出した。



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