第236話 クレアさんの怒りがエッケンハルトさんに向きました



「だとしても、です! もし何かの間違いで、タクミさんが怪我をしたらどうするんですか!? 人との戦いが魔物と違うのであれば、お父様が教えれば良いじゃないですか! それこそ、フィリップやヨハンナ、屋敷の護衛達でも良かったはずです! なのに……こんな事をさせて!」

「いや、その通りなのだがな……? だが、私は手心を加える事の無い、明らかな敵……という人間の相手をさせたかったのだ……」

「それでも! もう少し慎重に鍛錬を続けて、成長を見てからでも良かったはずです! 今でなくとも良かったはずです! まったくお父様はっ! セバスチャン、貴方もです! 私が知ったのは先程、カレスの店ですよ!? どれだけ私がタクミさんの事を心配したか……!」


 クレアさんが激しく怒っているのを、エッケンハルトさんは大きな体を小さく縮こまらせて聞いている。

 隣でさっきまで説明していたセバスチャンさんの方にも、しっかり飛び火する。

 まぁ、共犯と言えるのだから、当然だな。

 納得がいかなかったが、クレアさんが代わりに怒ってくれてるおかげで、何となく俺もスッキリした。

 相手は貴族で公爵家の当主様だが、娘の説教を聞いて体を縮こまらせているのを見て、留飲を下げる俺だった。



「申し訳ありません、タクミ様……」

「すまなかった、タクミ殿……」

「あははは、もう良いんですよ。言いたいことは全部、クレアさんが言ってくれましたからね」

「……最近私、怒ってばかりです……」


 1時間後、椅子から降りて正座したエッケンハルトさんと、セバスチャンさんに改めて謝られる。

 何も知らない人から見たら、公爵様とその執事を正座させている俺は何者だ!? とか思われそうだな。

 ……やっぱり、公爵様といえども、男親……娘には弱いんだろうなぁ……セバスチャンさんも、小さい頃から世話をして来て、娘に近い感覚なのかもしれないし。


 昨日のアンネさんの時もそうだが、昨日と今日……確かにクレアさんは怒ってばかりだ。

 そのどれもが、自分勝手な理由では無く、他の人のため……というのがクレアさんらしい。

 森へ行く事を提案して来た時とは、違うからな。

 叫んで怒りを爆発させた、クレアさんの喉が少しだけ心配だが……そのうち喉に良い薬草ができないか試してみようかな?

 喉に良い……カリンとか良さそうだが……あれは果物だから駄目か……。


「では、そろそろ帰るとするか。いつまでも、ここにいるわけにはいかんしな」

「はい」

「畏まりました」

「……屋敷に帰ったら、みっちり説教ですからね、お父様」

「……う、うむ……」

「中々楽しい見世物でしたわ」


 クレアさんに言われ、こめかみから汗を流すエッケンハルトさんと共に、俺達は店を出る。

 後の事は、衛兵さん達に任せたみたいだしな。

 まぁ、今後はエッケンハルトさんや、セバスチャンさんが指示を出して、この店をどうするのか決まるんだろう。

 ……別の健全な商人が入って、違う店になるか、立て直して民家になるかってところかな?


 しかしアンネさん、これは見世物でもなんでもなく、人々を苦しめる悪人を捕まえた……という事なんだけどなぁ。

 こういう性格だから、エッケンハルトさんが預かる事になったのかもしれないな。


「ワフ!」

「レオ、おとなしく待っててくれたか?」

「ワフワフ。……ウゥゥゥゥ」

「……レ、レオ様にまで怒られてる気がするんだが……?」

「当然です。タクミさんを危ない目に合わせる事を考える、お父様が悪いのですよ?」


 外に出ると、すぐにレオが俺に駆け寄って来てくれた。

 どうやら、クレアさん達と同じで、俺とセバスチャンさんがこの店に行った後、ウードを挑発して襲わせる、という事を聞いたらしく、一緒に出て来たエッケンハルトさんに唸っている。

 心配してくれてたらしいな……ありがとう、レオ。


「……レ、レオ様。申し訳ありません、以後このような事は致しませんので……」

「ワフ? ワフゥ……ワフ!」


 エッケンハルトさんが、恐縮しながらレオの前に立ち、頭を下げて謝る。

 それに対しレオは、本当か? 仕方ない、許す! と言っているような仕草で頷いた。

 ちょっと偉そうなレオだけど、今回はエッケンハルトさんが悪いからな、注意をしたりはしない。

 エッケンハルトさんの方は、レオに多少慣れて来たとはいえ、まだシルバーフェンリルとしての恐ろしさを、全て拭えていないのか、ビクビクしてる。


「心配かけたな……すまないレオ。それと、ありがとうな」

「ワフ! ワフ!」

「おい、こらやめわぷっ! それは屋敷に帰ってからだ!」

「ワフワフ……ハッハッハッハッ……」


 レオに感謝をし、抱き着くようにして頭を撫でると、無事を喜ぶように尻尾を高速で振り、俺の顔を舐め始めた。

 屋敷に戻ってからと言って、レオを引きはがすと、興奮冷めやらぬ様子で舌を出し、短く息を吐いている。

 興奮してるから、暑いのかな?

 前の世界にいる時は、よく見ていた顔だが、こちらに来てからは初めてだ。

 ……シルバーフェンリルも、犬と同じで、舌で体温調節するのかな?


「本当に懐いてますのね……」

「レオ様とタクミさんの関係は、微笑ましいの。……ちょっと羨ましいわ」

「クレアさん?」

「なんでもありません。さぁ、早く帰りましょう。ティルラが首を長くして待ってます」

「ははは、そうですね」


 アンネさんと話してたクレアさんが、小さく呟いたのがよく聞き取れなかったので、聞き返してみたが誤魔化された……。

 それはともかく、確かにティルラちゃんなら、ワクワクしながら待ってそうだな……と考えて笑いながら、店を離れ屋敷へと向かった。


「あぁ、そうだ。タクミ殿?」

「はい、どうかしましたか?」

「ワフゥ……」


 帰り道、エッケンハルトさんが何かを思い出したように、俺に声をかけて来た。

 ちょっとだけ警戒た声を上げ、レオがエッケンハルトさん見ると、一瞬だけビクッとしたが、気を取り直して話を続けた。


「っ……んんっ! ワインの事だが……奴はどんな反応だった?」

「あぁ……そうですね……。脂汗を流しながら焦っていました」

「そうかそうか、はっはっは! 自分達で仕組んだ事だが、それを飲まされる事になるとは、夢にも思ってなかったんだろうな!」



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