第224話 レオもブドウジュースを欲しがりました



 俺は、ランジ村から帰る前、正確にはフィリップさんが馬車を連れて来るまでの間、ハンネスさんと話した事を、エッケンハルトさん達に話した。

 ワインを産業にしていた村だが、活気があった代わりに子供達を構っていられなかった事。

 ワインによる疫病で、悪い噂が立ってしまった場合、ワインが売れなくなる可能性への心配。

 さらには、今回の事で、伯爵領と公爵領の仲が悪くなり、ブドウの仕入れへの不安とそもそも、向こうの商人を信頼できる事ができるかどうか怪しい……という事。


「成る程な……少なからず、影響は出るのだろうな」

「そうですな……。人の口には戸が立てられないと申します。一度噂になってしまえば、それを止めることはできません。それに、現在既に流通してしまっている病の素が入ったワインに関しては、全てを回収する事は不可能と思われます」

「勘の良い者は、ワインが原因になっていると気づいてもおかしくは無いか……」


 噂もそうだが、既に卸されてしまったワインに関しては、回収をする事は難しいだろう。

 全ての売れた商品の足跡を辿っても、既に飲まれているかもしれないし、誰かにあげたりしている可能性だってある。

 そもそも、足跡を辿る……という事ができるかどうかすらわからないが。


「この味が無くなるのは惜しいな……セバスチャン、そのランジ村のワイン……なんとかする事はできないか?」

「そうですな……タクミ様の話だけでは何とも……子供達の話で、村長はワイン作りを諦めてしまう事も考えられます。一度、しっかり話す必要がありそうですな」

「うむ、そうだな」

「これだけの味が無くなる事は許せませんわ! 伯爵家はこれからもブドウの仕入れを安定させる事を約束します!」

「……アンネリーゼ……お前はまだ当主ではないだろう。決定権はないはずだ。それに、そういった事は実際にブドウを使うランジ村と、ブドウを扱う商人が決める事だ」

「むぅ……一体誰がこのような事を……こんなに素晴らしい物を使って病を広げようなどど考えるなんて……」

「貴女よ、貴女!」


 エッケンハルトさんとセバスチャンさんでも、すぐにランジ村をどうするかは決められないようだ。

 近いうちにハンネスさんからどうするのかを聞いて、色々考えるようだな……できるなら、俺も一緒に考えたい、俺に何ができるかはわからないが。

 それにしても、アンネさんって天然なのか……? それともわかっててやってるのか……?

 すっかりクレアさんの突っ込み役が板についてしまったな。

 ……今度、紙でハリセンでも作ってプレゼントするのも良いかもしれない。


「戻りました。皆様おかわりになります。それと、レオ様方にも……」

「ワフワフ!」

「おかわりです!」

「キャゥー!」


 どうでも良い事を考えていたら、ヘレーナさんがおかわりを持って客間へ戻って来た。

 レオやティルラちゃん、シェリーもはしゃいで喜び、ヘレーナさんの所へ。

 順番待ちのように並んで、各自ブドウジュースを確保した。

 俺達へは、セバスチャンさんとライラさんがおかわりを注がれたコップを。


「レオ、落ち着いて飲むんだぞ。慌てて飲んだらこぼすから、もったいないだろ」

「ワフガブワフガブ……ワフ? ワウ! ガブガブガブ」

「キャブキャブ……キャゥ……」

「美味しいです!」

「ティルラ、もう少しゆっくり飲みなさい」

「はーい」


 注意すると、勢いよくバケツの入れ物に顔を突っ込んでいたレオが顔を上げ、一度首を傾げた後、また勢いよく飲み始めた。

 美味しいからそうしたい気持ちはわかるけど……これは聞いちゃいないな。

 シェリーなんかは、俺の言葉を聞いて、おとなしくちびちび飲み始めたのに……教育係のようになっていたはずのレオの方が行儀が悪いなんて……まぁ、シェリーは体が小さいのもあるのかもしれないけど。

 ティルラちゃんの方も勢いよく飲んでいたが、クレアさんに注意されておとなしく飲むようになった。

 それは良いんだけど、皆、飲み過ぎて後でトイレが近くなっても知らないぞ?


 その後、軽く明日の確認をして解散になった。

 俺やティルラちゃんは、鍛錬のため裏庭へ。

 クレアさんはアンネさんの教育と意気込んで、首根っこを掴んで連れて行った。

 エッケンハルトさんはセバスチャンさんと話す事があるようで、執務室へ。


「おぉ、タクミ殿、ティルラやっているな」

「エッケンハルトさん」

「父様!」

「ワフ?」

「キャゥ」


 しばらく鍛錬に打ち込んでいると、エッケンハルトさんが裏庭へ来た。

 セバスチャンさんとの話は終わったようだ。


「しばらく離れていたが、鍛錬は続けているようだな」

「はい」

「ふむ……タクミ殿は実戦を経験したのだな。どうだった?」

「えーと、常に油断できない緊張感で、腕が震えないよう注意する必要がありました。それと……」

「それと?」

「以前言われていた事、戦闘中に動きを止めるなと言われていた事ができていませんでした」


 エッケンハルトさんに実戦……ランジ村でのオークとの戦闘をした時の事を聞かれる。

 その時感じた事、失敗した事を正直にエッケンハルトさんへ伝える。


「ふむ、そうか。どうして動きを止めた?」


 動きを止めるなとは何度も言われていた事。

 それができていなかったと言う俺に、エッケンハルトさんは鋭い目を向ける。

 ……ちょっと怖い。


「言い訳になってしまいますが……『雑草栽培』です」

「『雑草栽培』? 戦闘中に『雑草栽培』を使ったのか?」

「使おうとは考えていませんでした。しかし、もしこういう時に『雑草栽培』で便利な薬草があれば……と考えて」

「動きを止めたのか?」

「いえ、『雑草栽培』がオークに対して発動したのです」

「『雑草栽培』が? それで、どうなったのだ?」


 問い詰められてる気分になるが、実際にあった『雑草栽培』が発動した時の事をエッケンハルトさんに伝える。

 さっきは、アンネさんがいたから話せなかった事だな。

 一緒に鍛錬していたティルラちゃんは、真剣に俺とエッケンハルトさんの話を聞いている。

 イザベルさんに聞いた事も含めて、全てエッケンハルトさんに話した。



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