第204話 『雑草栽培』の事も聞きました



「飲まなくて良かったですな」

「まったくその通りだよ。魔法具で検査したところ、間違いなくあのガラス球の影響で病を持っているのがわかったよ」

「やはりですか……そのワインを飲めるようにする事はできますか?」


 病を持っているワインを飲めるかどうか……これは俺が買い取ったワインが使い物になるかどうかという事だ。


「まぁ、飲めない事はないだろうね。病を取り除けば、だけど」

「その方法は?」

「簡単だよ。一度煮詰めて魔力を拡散さえてやれば良い。そうすれば病の原因になっているまとわりつく魔力は消えてなくなるはずさ」

「周りへの影響は?」

「ないだろうね。知っての通り、魔力は霧散すれば意味を失う。いくら病をまとう魔力だと言っても、それは同じだよ」

「そうですか……」


 煮沸消毒をすれば飲める……という事だろう。

 魔力云々の話は俺には全てわかるわけじゃないが、病原菌として考えると、沸騰させて菌を死滅させれば飲める……と考える事ができそうだ。

 ……だけどそれじゃ、アルコールが飛んでしまうのは避けられないと思う……。


「煮詰めればワインとしては……」

「ワインじゃなくなるだろうね。美味しい物なんだ、ブドウジュースとして飲めば良いじゃないか」

「飲んだのですか」

「試しにね。魔力が消えてたのは確認してたから大丈夫だよ」


 イザベルさんは試しにと飲んでみたらしい。

 ブドウジュースか……アルコールが無くなってしまうのは仕方ないが、そうやって消毒して飲めば、ジュースとして楽しめそうだ。

 それなら捨てるよりはマシだろうし、ティルラちゃんあたりが喜んでくれそうだ。

 ……火に掛けなければいけないという手間がかかってしまうけど。


「屋敷でヘレーナに処理させましょう。煮詰める前のワインは絶対に飲まないよう、厳重に管理は必要でしょうが……特にフィリップには注意しませんと」

「……そうですね……」


 セバスチャンさんの言う事に頷いて同意するが、フィリップさんは多分もう大丈夫だと思う。

 レオに繋がれた事で、反省してるだろうし、実際村でワインが原因だと知ってるんだから、いくら美味しいといってもワインを飲んで病に……何てことはしないはずだ……きっと。


「それで、他にも聞きたいことがあるんだろう? 特にそこの……タクミだったかね?」

「はい」

「そうですな……タクミ様、イザベルに説明をお願いします」

「わかりました」


 イザベルさんが俺を見て何かあると予想したように、『雑草栽培』の事で聞きたい事があるのは確かだ。

 セバスチャンさんに促されて、イザベルさんにオークとの戦いであった『雑草栽培』発動の事を詳しく説明する。

 イザベルさんの方は、俺の説明に対し特に驚いた様子も無く聞いていた。


「ふむ……成る程ね。聞きたいことはわかったよ。けど……」

「けど……?」

「あたしは前に言ったはずだよ? そのギフト……『雑草栽培』の効果をね」

「そう……ですか?」


 えっと……確かあの時のイザベルさんの説明は……。


「『雑草栽培』は、農業用以外の植物をどこでもなんでも栽培する事が出来る……とね」


 以前に言われた言葉を思い出そうとする俺に、あの時と同じ言葉を再び口にするイザベルさん。

 確かに以前と同じ言葉だ。

 それを聞いてあの時の事を思い出して気付いた。

 ……どこでもなんでも……。


「どこでも……という事は、地面でなくても……という事ですか?」

「その通りさね。タクミの手から発動した『雑草栽培』は、場所を問わず植物を栽培する事が出来る。さっきの説明のように、オークを触媒にする事も可能なはずだよ。その結果オークや生き物がどうなるかまではわからないけどね」

「……そうだったんですか……」

「便利な能力である事は確かですが……これは……」


 どうやら俺もセバスチャンさんも、イザベルさんの言葉を勘違いしていたらしい。

 どこでも……というのは地面であればどこでもではなく、文字通りどこでも……何を対象にしても……と言う事だったみたいだ。

 セバスチャンさんも驚いた様子でイザベルさんの言葉を聞いているが、俺と同じ考えに至ったみたいだ。

 オークを相手にしても発動する……という事は当然人間を相手にしても……。


「人間に対しても、発動させる事が出来る……という事ですか?」

「できるだろうね。対象は生き物問わず……さね」

「これは……便利でしょうが……」

「危険な能力……ですよね」


 人間にも発動できる、というのなら俺が触れた相手なら誰にでも発動できるという事だ。

 しかも、その後のオークがどうなったかを考えるに、人間相手に発動した時、その相手がどうなるか……考えたくも無い。

 誰かに触れる事を恐れるように、俺は自分の両掌を見る。


「でも大丈夫さね。早々人間には発動しないよ」

「え?」


 危険を理解し、両掌を見て戦慄していた俺に、イザベルさんの言葉が優しく聞こえて来る。


「人間には魔力がある。魔物にもあるけど……オークは特に低いからね。その魔力が抵抗をするはずさ」

「魔力が抵抗……?」

「魔力でギフトに対抗できるのですか?」

「完全に無効かとかは無理だろうね、ギフトは強すぎる。だけど、魔力が多い人間程抵抗が出来るんだよ。思い出してみな、オークに発動させたとき、いつもより強く願ったりしなかったかい?」


 イザベルさんに言われて、あの時の事を思い出す。

 オークに発動させたとき、いつもより強く薬草を欲しいと願ったのは間違いない。

 いつもはなんとなく薬草の事を思い浮かべるだけだったが、あの時は後悔と一緒に強く薬草を求めた。


「確かにあの時、強く願いました。薬草があれば……! と」

「それさね。その願いの強さがギフトの強さとして現れる。詳しいことはあたしにもわからないけど、願いとギフトは呼応し合うらしいね」

「願いと呼応……」

「だから、よっぽど強く願わない限り、人間に対して『雑草栽培』を発動させる事はできないだろうね。今まで人に対して触れても発動した事はなかったろう?」

「確かに……そう、ですか」


 イザベルさんの言葉で、俺もセバスチャンさんもホッと息を吐く。

 つまり、俺がこの人に対して『雑草栽培』を発動させると強く願わない限り、人間相手には発動しないという事だ。

 人に触れる時、気を付けないといけないのは当然だが、それなら普通に人と接する事は問題ないだろうからと少し安心した。



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