第203話 イザベルさんに話を聞きました



「失礼しますよ」

「いらっしゃい……何だいアンタかい。何の用だい?」

「先日調べるように依頼した、ガラス球の事ですな。何かわかりましたか?」

「あぁ、あれかい。中々の逸品だねぇ、あれは。そこらの魔法が使える人間には作れそうにない代物さね」


 レオを店の前にお座りさせて、中に入ると以前にも会ったお婆さん……イザベルさんが奥に座っていた。

 セバスチャンさんが進み出て、ガラス球の事を聞くと、どうやらもう調べ終わっている様子だ。

 感心したように話すイザベルさんだが、そんなに凄い物だったのか、あのガラス球は。


「どのような効果で?」

「ちょいと待ちな。今お茶を淹れるからね。……長い話になりそうだしねぇ。ほら、座ってな」

「わかりました」

「はい」


 早速、ガラス球の事を聞き出そうとするセバスチャンさんを制するように、イザベルさんがお茶を淹れに立ち上がる。

 その時、俺の事をちらりと見ていたから、もしかすると今回来たのがガラス球の事だけじゃないと察したのかもしれない。

 セバスチャンさんもそうだが、この世界のお爺さんお婆さんって、結構優秀というか察しが良い人が多いような気がするな……気のせいかもしれないが。


「さて、ガラス球の事だけどね」


 椅子に座り、イザベラさんの淹れてくれたお茶を前に、話を始める。


「あのガラス球は、逸品だが……危ない物だね。効果のわかってない者が扱うととんでもない事になるよ」

「そうなのですか?」


 ガラス球を詳しく調べたイザベルさんには、あのガラス球は危険な物に見えるらしい。

 効果の知らない者……というより、効果を知って商人が扱い、実際にとんでもない事……街に疫病を蔓延させるという事をしてのけているのだから、確かに危険物だ。


「ガラス球を設置すると、周囲から魔力を集める。自然に溶け込んでる魔力だね。これが無い場所なんてない、それはわかるね?」

「はい」


 イザベルさんの説明に頷いているセバスチャンさん。

 俺は人間の体には魔力があるとは聞いていたが、自然に溶け込むという事は知らなかった。

 けど、セバスチャンさんが頷いているので、話を逸らさないよう俺は黙っておく事にする。

 ……後で、喜々として説明してくれそうなセバスチャンさんに聞けば良いからな


「魔力を集め、ガラス球の中で病の素を増幅するんだよ。空気中にも、病の素はあるからね。そして、増幅した病の素を、魔力を媒介にして、近くにある物……飲み物や食べ物にまとわせる」

「人間には効果は無いのですか?」

「直接効果は無いね。これは推測だけど、人間が持ってる魔力が干渉するせいだと思うよ。でも、そのガラス球から出た魔力と病の素をまとった物を食べたり飲んだりすると……」

「それを食べた人が病気になる……ですか」

「そう。そして、さらに厄介なのが、その病さね。物を食べた人が病に罹り、病に罹った人が他の人へとうつしてしまう。あれはそういった病の素を増幅させるようにできてるようだね」

「成る程……そういう事でしたか」


 どういう作用で、という事はわからなかったが、概ね俺の予想した通りのようだ。

 ガラス球を介して、ワインを感染させる。

 そのワインを飲んだ人が病に感染……そこからは人から人へと伝わり爆発的に広がる……という事だろう。

 病気には潜伏期間があるから、その間に生活するうえで接した人達にどんどんうつって行ってしまう。

 幸い、ランジ村はあれ以降病気が発症した人はいなかったが、ラクトスの街では人の往来が多いのもあって、まだしばらくは病気が続いてしまうかもしれない。

 そう考えると、手洗いうがい程度の基礎的な予防だが、伝えておいて良かったかもしれないな。


「怖いのは、食べ物や飲み物、それらの物が病の素を持っていると調べる術がない事さね。知らないうちに紛れ込み、それを食べてしまって病が広がる……早々止める事ができなくなるだろうね」

「魔力感知で何とかわかりませんか?」

「人間の感覚でわかるような魔力じゃないね。微々たる魔力で、調べるにはそれこそ魔法具が必要だよ。……食べる物、飲む物全て、魔法具で調べるかい?」

「……それは難しいでしょうな」


 食べ物や飲み物に混じってしまった魔力は、人間の感覚では察知できるものじゃないらしい。

 確かに、ワインからは何も感じる事は出来なかった。

 大勢の人が食べたり飲んだりする物を、魔法具を使って調べる、というのは現実的じゃないだろう。

 膨大な量を調べなきゃならないから、それに対する魔法具が高くて使えない人もいるだろうし、そもそも数が足らなくなる可能性もある。

 ……そう考えると、ワインを判別できたレオはやっぱり凄いんだな。


「あたしの所に持って来た時、封印の箱に入れて来たのは正解だったね。人間が素手で持っても影響はないけど、近くに食べ物なんかがあれば、酷い事になるからね」

「そうですな。これ以上病を広げるわけにはまいりません。タクミ様の判断は正しかったようです」

「俺ですか?」

「ええ、ガラス球が怪しいと見抜いた慧眼……フィリップに持て来させる時も、できるだけ他の物に近付けないよう注意を受けたと聞きました」

「ええ、まぁ……」


 怪しいとは思ったけど、実際にそれを見抜いたのはレオなんだけどな……。

 病原菌という考えが俺にはあるから、他の物に触れさせないようにしたりという配慮はしたのはそうだが……この世界にはそういう考えはほとんどないみたいだ。


「ガラス球の効果はわかりました。処理の方は任せます……悪用されないよう気を付けて下さい」

「わかったよ。まぁ魔法具としては素晴らしい逸品だけど、扱い方次第で最悪の事態になりかねないからね」


 セバスチャンさんは、ガラス球の事をイザベルさんに任せるようだ。

 専門家であるイザベルさんなら、間違った使い方というか、悪用したりはしないだろう。

 セバスチャンさんが信用している、というのも大きいな。


「それと……フィリップが別にワインを持って来たはずですが……?」

「あぁ、あれかい。最初はあたしへの差し入れかと思って危うく飲むところだったよ」


 セバスチャンさんが、フィリップさんに持たせた小さなワイン樽。

 その中には、レオ判別で病に感染したワインが入ってるから、もし間違えて飲んでしまったらイザベルさんが病に罹るところだった……危ない。

 ラモギがあればすぐに治るとはいえ、病に罹るのは良くないからな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る