第171話 フィリップさんは酔い潰れて寝ていました



「こちらです、薬師様」

「ここは?」

「村でワインを作っている蔵でございます」


 村人に連れて来られた場所は、村の南端にある石で作られた建物だった。

 そこは、ほとんど木で作られた村の家々とは違って、全てが石で作られている、ワイン蔵だったようだ。


 ……そういえば……ワインを石蔵で作ると通常とは違って、香りや味わいに深みが出るとか、アルコールが高くなるとか聞いた事があったような気がする……詳しい事はわからないけどな。

 もしかしたら、昨日飲んだワインの美味しさと度数の高さは、この石蔵にあったのかもしれないな。


「……んぅ……どうぞ」

「はい。……フィリップさん?」


 石蔵の重そうな扉を開けてくれた村人に促されて、入り口の中に入る。

 中はワインの良い香りが充満していて、匂いにもアルコールが含まれていそうな気がするくらいだ。

 ……これだけで、お酒に弱い人は酔ってしまいそうだな。

 その中、石蔵に入ってすぐの場所で、フィリップさんがガラスのような球を持って、地面に横たわっていた。


「……寝ているのですかね?」

「そうみたい、ですね」

「ようやく病気が治って、仕事が出来ると思い……中に入るとこの様子で……すみません、起こして良いかわからず……村長を呼びに行ったんです」

「そうですか。これはむしろこちらが謝らなくてはいけませんね。すみません、大事な蔵に……」

「いえいえ、昨日は楽しい宴でしたからね。蔵で悪さをしていなければこのくらい」


 フィリップさんは横たわったまま寝ている様子で、規則正しく呼吸をするのが入り口で立ち止まった俺達に聞こえて来る。

 村人さんは、せっかく仕事をしに来たのにこの状態だったので、どうして良いかわからずハンネスさんを呼びに来たとの事だ。

 まぁ、公爵家から来た人でもあるから、叩き起こしても良いのかすらわからないよな。

 しかしフィリップさん……こんなとこで寝てたら、風邪引きそうだな……。


 蔵の中は、ワインが貯蔵してあるためか、外と比べて明らかにひんやりとした空気だ。

 こんな中、地面に転がって寝ていたら、疫病とか関係無く風邪をひいて寝込んでしまいそうだ。

 それに、村にとって大事な蔵なんだから、村人やハンネスさんは笑って許してくれたとしても、無許可で入るのは良くない事だろう。


「……フィリップさん、起きて下さい! こんなとこで寝ないで下さい!」

「……んぁ……」


 赤い顔で気持ち良さそうに寝ているフィリップさんに近付き、その頬をペチペチと叩きながら声を掛ける。

 すぐに目を開けたフィリップさんは、寝惚けたような声を出しながら、ゆっくりと体を起こす。


「……タクミ様……? ここは……?」

「ワインを作る蔵の中ですよ。こんな所で寝ていたら、村の人達が困ってしまいます。さぁ、起きて下さい」

「……蔵……あぁ、道理で寒いと……ゴホッ!ゴホッ!」


 ようやく状況が飲み込めた様子のフィリップさん、立ち上がろうとした所で勢いよく咳き込んでしまう。

 ……温度の低い場所で寝てたから、本当に風邪を引いたのかな?


「フィリップさん?」

「あぁ~、頭が痛いですね……体も重いし……」

「……病気に罹った……のですか?」


 フィリップさんの顔を覗き込むと、赤い顔をしたままフラフラとしながら立ち上がる。

 その足取りは、酔っ払って千鳥足になっていた昨日よりはしっかりしているが、体が重そうでフラフラしている。

 赤い顔は、まだアルコールが抜けて無いからじゃなく、熱があるから……なのか?


「これはいけませんね、すぐに家に運びましょう!」

「わかりました」

「私も手伝います!」


 様子を見ていたハンネスさんは、フィリップさんの横に行き、体を支えるようにしながら、すぐに家に運ぶと言ってくれた。

 俺や手伝うと言ってくれた村人も手伝って、皆でフィリップさんを運ぶ。

 フィリップさんの方は、足取りがしっかりしないのと体に力が入らないので、俺達に支えられながら、何とかハンネスさんの家に運び込んだ。


「この様子は、村の者達が病気に罹った時と同じ……ですね」

「そうですか……」

「ゴホッ! ゴホッ!」


 昨日俺が使った部屋にフィリップさんを運び込み、横にする。

 フィリップさんの額に手を当てたりして、様子を窺っていたハンネスさんは、他の人達と同じ症状だと思ったようだ。

 確かに、熱があるようで顔は赤く、苦しそうな咳をしている様子は、孤児院の子供達や、ライ君の両親と似た状態だ。

 ……あんな場所で寝るから……。


「はぁ……仕方ないですね。水の用意をお願い出来ますか?」

「それは良いのですが、どうするのですか?」


 溜め息を吐きながら、ハンネスさんに水を用意してもらうようお願いする。

 ハンネスさんは、俺が何をするのか気になるのか、首を傾げている。


「同じ病気なら、ラモギで治るはずですからね。それを飲ませるんです」

「……ですが、ラモギは昨日村の者達に全て使ってしまいました。残ってはいないはずですが……?」

「ハンネスさん達が、村を回ってラモギを分けてる間に、少しだけ用意していたんですよ。足りなかった場合に備えて、ですね」

「そんな事まで……ですが、どうやって……?」

「まぁまぁ、今はそれよりもフィリップさんの病気です。このままにしておくと、せっかく治った他の人にも移ってしまうかもしれませんからね」

「……わかりました。すぐに用意します」

「お願いしますね。……さて……と」


 俺が知ってる風邪と同じなら、同じ病気は一度罹れば抗体が出来て、移ったりする事はほとんどなくなるかもしれないけど……はっきりとはわからないからな、早く治してしまうに越したことは無いだろう。

 水を用意しに部屋を出たハンネスさんを見送って、俺は荷物を漁って昨日作っていたラモギを取り出す。

 昨日の時点では、栽培して採取したままにしてたので、それを手に乗せてギフトを発動。

 乾燥させて粉末にして、完成だ。


「……この作業にも慣れて来たな……ん?」


 ギフトの使い方にも大分慣れて来たなと感じていた時、横になっていたフィリップさんが身じろぎをして、その手から拳大の大きさがあるガラス玉が、ベッドから転がって落ちた。

 確か、さっきワイン蔵で寝ていた時から持っていた物だな……ずっと握りしめてたのか……。



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