第165話 ランジ村に到着しました



「ん? ロザリーちゃん、どうしたの?」

「……レオ様に乗って走ってみたいです……」

「これ、ロザリー我が儘を言うんじゃない」


 俺がレオに乗るのをじっと見ているロザリーちゃんに聞くと、どうやらロザリーちゃんはレオに乗ってみたいようだ。

 屋敷でも乗って走ってたが、外で速度を出して走ったりはしてないから、それを体験してみたいんだろう。


「ははは、大丈夫ですよ、ハンネスさん。レオ、頼めるか?」

「ワフワフ」

「よろしいのですか?」

「レオは誰かを乗せるのが好きですからね。気にしないで良いんですよ。な、レオ?」

「ワフ!」

「わかりました。お願いします」


 ロザリーちゃんをたしなめるハンネスさんに、レオに乗せても大丈夫だと伝える。

 レオに頼むと、尻尾を振ってすぐに伏せの体勢を取ってくれた。

 レオも、ロザリーちゃんを乗せたいみたいだな。

 俺の言葉を肯定するように頷くレオを見て、ハンネスさんは頭を下げた。


「ほら、ロザリーちゃん。レオに乗っても良いよ」

「わー!ありがとうございます!」

「ワフワフー」


 レオに乗ったまま、ロザリーちゃんに手を差し伸べて引っ張り上げる。

 感激した様子のロザリーちゃんは、満面の笑顔だ。

 やっぱり、子供の笑顔は良い物だな。


「では、出発しましょう。村まではもうすぐです、日が完全に暮れる前には到着できるでしょう。レオ様、私が先行しますので付いて来てもらえますか?」

「ワフ」


 ロザリーちゃんが俺の後ろに乗り込み、しっかりしがみつくのを確認してからフィリップさんが声を掛けた。

 レオが頷いて答えた後、馬を走らせて村へと向かう。

 完全に暗くなるまでに村に着けるのなら良かった。

 暗くなると、周りが見えなくなって道に迷うかもしれないしな……そういえば、レオって夜目は効くんだろうか……?

 猫とかだと暗くても大丈夫そうだが、犬……いや狼はどうなのか……今度暇な時にでも聞いてみよう。


「ここがランジ村……」

「そうです。私の生まれた所なんですよ! 皆良い人達ばかりです!」


 フィリップさん達と合流して、2時間程東へ走り、そろそろ日が沈んで暗くなり始めた頃、ランジ村に到着した。

 ロザリーちゃんは、自分の故郷が好きなのか、嬉しそうにしている。


「静か、ですね」

「そうですね……。まだ完全に暗くなっていないので、誰か村の人が外に出ていてもおかしくないと思うんですが……」


 村の入り口で、馬から降りてハンネスさんと一緒に繋げていたフィリップさんが、村の様子を見ながら言って来る。

 俺もロザリーちゃんを降ろし、自分もレオから降りてくくってある荷物を

外しながら村の中を見る。

 木造りの家が立ち並んでる村は、誰かの声が聞こえる事もなく静かで、まるで誰も住んでいないかのような静けさだ。

 一応、家の所々から蝋燭の明かりが漏れてるので、廃墟という事は無いんだろうけどな。


「……病が広がり始めてから、活気のあった村はどんどん静かになって行きました。私が村を出る前には、昼でも今と同じようになっていましたよ……」

「皆、元気が無いんです。一緒に遊んでた子達も……」

「病気が雰囲気を暗くしてるんですね」

「仕方ない事、なんでしょうけどね。治らない病が広まってどう対処して良いかわからない。病だから体を動かす事も出来ず外に出られない……という事ですか」


 村長であるハンネスさんとロザリーちゃんが、沈んだ様子で村に視線を向ける。

 フィリップさんは病気が村にどう作用してるのかを分析してるようだ。


 これが日本であるただの風邪なら、自然に治る事も多いんだろう。

 でも、症状が似てるだけで風邪とは違うのかもしれないし、自然に治る病気じゃないのかもしれない。

 疫病の経過を詳しく見てるわけじゃ無いから、断定する事は出来ないが、今の所広まってる病気が自然に治ったという事は聞かない。

 ラモギを使えばすぐに治るようではあるが……これが風邪と同じだとしても、医療の発達していないこの世界では、自然に治すという事自体が難しいのかもしれないとも考えられる。


「あ、村長! 村長が帰って来た!」

「おぉ、ライか」


 俺達が村の入り口に着いた事に、村の人が気付いたらしい。

 入り口に一番近い家の扉から、ロザリーちゃんと同じくらいの男の子が顔をのぞかせ、村長がいる事に気付いて声を上げた。

 村長はその子をライと呼び、家に近付く。


「ライ、両親の様子はどうだい?」

「……村長が村を離れた時と変わらないよ。ずっと苦しそうに咳をするばかりで……熱も下がらないんだ……」

「そうか……」


 話を聞くに、ライという子供の両親は病気らしい。

 今も、家の中で熱にうなされ、咳に苦しんでいるんだろうと思う。

 ライという子は、両親が病気であることに心を痛めている様子で、元気が無い。


「でも……村長が帰って来たって事は、薬を買って来てくれたんだろ? それならすぐに父ちゃんも母ちゃんも元気になるよね?」


 村長は村に広まった病気を治す薬を買うために、村を離れたはずだ。

 それを知ってるライという少年は、村長が帰って来た……つまり薬を持って帰って来たと考えたようだ。


「あぁ、そうだ。ライ、こちらは薬師のタクミ様だ。公爵様のお嬢様がわざわざ遣わせて下さったんだよ」

「初めまして、ライ君」

「初めまして! 薬師様なら、父ちゃんと母ちゃんの病気も治してくれるよね?」

「もちろんだ。すぐに治ると思うから、安心して良いよ」

「ワフ」

「ひっ!」


 村長からライ君に俺が紹介され、薬師と知って目を輝かせた。

 両親の病気が治る希望のように見えるんだから、そう見られるのも仕方ないが、少しむず痒いな。

 俺が安心させるようにライ君に声を掛けると、子供好きなレオがいつの間にか隣に来て一鳴きした。

 ライ君はレオの姿を見た瞬間、驚くよりも先に恐怖に顔を歪めて小さく悲鳴を上げた。

 ……体の大きいレオを見たら、怖がるのも無理はないか……ロザリーちゃんも最初は怖がっていたしな……。


「ライ君、この子はレオ。大丈夫だよ、襲ったりしないから」

「ライ、このレオ様はシルバーフェンリルと言ってな……大変ありがたい魔物なのだよ」

「レオ様は可愛い方なのよ! ライ、怖がっちゃいけないわ!」

「……本当……ですか?」


 ライ君に、レオを怖がらないように声を掛けると、ハンネスさんやロザリーちゃんも一緒に声を掛けてくれた。

 ライ君はそれを聞いても半信半疑のようだけど、男の子だけあって、精悍な狼の顔をしているレオには興味があるようだ。

 男の子は、狼とかにあこがれる時期ってあるよなぁ……人によるかもしれないけど。



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