第144話 屋敷を村の人が訪ねて来ました


 

 その後の数日は、特に変わり無く過ごした。

 午前は朝食後にレオとの鍛錬と薬草栽培。

 ニックに薬草を渡したら、鍛錬の続き。

 午後はミリナちゃんと勉強。

 セバスチャンさんに頼んだら、中級者用の本を渡されたので、今はそちらを使ってる。

 ……初心者用と比べて、一気に難しくなったが、何とかミリナちゃんと話し合って進めてる。

 夕食後は素振りと、予習をして寝る……の繰り返しだ。

 ちなみにミリナちゃんは、空いた時間で使用人見習いをしている。


「クレアお嬢様、お客様が参られました」


 数日を過ごしたある日の昼食後、屋敷に訪問者があった。

 ライラさんが、食堂で昼食を取り終わったクレアさんに、誰かが来た事を告げる


「私に? そんな予定は無かったのだけれど……」


 首を傾げながら、クレアさんはライラさんと一緒に食堂を出て行く……と思ったが、ライラさんがこちらを振り向いた。


「恐らく、タクミ様にも関係する事と思います。一緒に来てもらえますか?」

「俺に? わかりました」


 ライラさんが言う、俺に関係する客とは一体誰だろうか……?

 俺関係と考えると、薬草の事しか思いつかないが、ニックやカレスさんは屋敷の皆も見知っているだろうし……。

 不思議に思いながらも、俺も席を立ち、ライラさんについて行く。

 レオはシェリーやティルラちゃんと、ここに残る事にしたようだ。

 初めて会う人なら、レオを見て驚かせてしまうかもしれないからかもな。


「私共のために、時間を取らせてしまい、申し訳ありません」

「貴方は?」

「私は、ハンネスと申します。ランジ村の村長をしております。こちらは孫のロザリーです」

「ロザリーです」

「ランジ村……」


 クレアさん達と一緒に客間へ入ると、椅子に座って待っていたお爺さんと女の子が、立ち上がって礼をする。

 お爺さん達の自己紹介を聞きながら、クレアさんは、向かいの席に座る。

 ……俺は何処に座ろうか……クレアさんの隣で良いのか?

 迷いながらも、とりあえずそこに座った……誰にも何も言われないから、多分ここで良いんだろう。


「私はクレア。クレア・リーベルトです。今この屋敷を管理している公爵家の人間です」

「クレアお嬢様……おぉ……お噂はかねがね伺っております。この度は是非お力をお借りしたく存じます」

「まずは話を聞きましょうか」

「はい」


 クレアさんに促されてお爺さん……ハンネスさんは話し始める。


「私共のランジ村は、今疫病が蔓延しております」

「疫病が?」


 つい声に出してしまった。

 ハンネスさんが俺をチラリと見て、話しを続ける。


「はい。最初は村の若者が一人、病に罹ったという程度だったのですが、日を追うごとに広まり……」


 今では村のほとんどが、疫病に罹ってしまっている……という事らしい。


「ハンネスさん達は無事だったんですか?」

「私も、ここにいる孫も一度病に罹っております。ですがその時、色々な薬を試した結果ラモギが病に有効な薬だと知ることが出来ました」

「ラモギの薬を飲んだら、治ったのです」


 ハンネスさんの言葉を継いで、ロザリーちゃんが教えてくれる。

 ロザリーちゃんは、歳の頃10と少しくらいに見える、ティルラちゃんより少し上くらいの活発そうな子だ。

 今はクレアさんという公爵家の前だからか、ガチガチに緊張してる様子だけどな。


「ラモギを飲んだら治る……という事は、ラクトスの孤児院でも見た病で間違いないでしょうね」

「そうですね。ですが、何故それでこの屋敷に?」

「私達が使ったラモギで、村にある薬が無くなりまして。それで、ラクトスの街に買いに出たのですが……」

「ラモギがほとんど無かったんです……」


 ラクトスの街は現在、例の店のせいで薬草や薬は品薄だ。

 買い占められた物は、少しづつ入荷しているようだが、いかんせん数が足りない。

 カレスさんの所に俺が薬草を卸してるが、住民に行き届くまでの数じゃないだろう。


「それでもと、ラクトスの街を回って探したのですが……どこも品薄か品切れ状態でして……その中で親切な人が、ラモギを優遇してくれると仰ってくれましてな」

「その人の店に行ったら……変な薬を渡されたんです」

「変な薬……それってもしかして?」

「ええ、今セバスチャンが調べてる例の店ですね」


 ラクトスの街を回ってたら、例の店に当たったのか……。


「私も村を纏める身、薬の知識は多少あります。なので、その店で売られてる店の薬が、通常の物では無い事に気付きました」

「お爺ちゃんは凄いんです」


 孫のロザリーちゃんが自慢するように胸を張ってる。

 緊張はしているが、やっぱり自分のお爺ちゃんが薬をおかしいと見抜いた事が嬉しいらしい。


「そう、買わなくて良かったわ」


 ロザリーちゃんを微笑みながらそう言うクレアさん。


「最後の頼みと考えていた店が偽物の薬を売っていた事に、私達は途方に暮れました」


 粗悪な物を売っている店だからな、偽物と言われても仕方ない。


「それでもと思い、ラクトスの街を歩いていたら……噂をしていた者達の声を耳にしまして。それを聞いて辿り着いたのが、カレスと言う人が店をしている所だったんです」

「その店では、品薄だった薬草や薬を売っていたんです」

「ですが……一つの店で売っている薬では、村の皆の病を治す事が出来ません」


 それはそうだろうな、カレスさんの店に卸してるのは俺だが、村一つ……全員でなくてもほとんどの人が掛かった病を治す量は作ってない。

 徐々にラクトスの街に行き渡る数を、カレスさんの店に届けてるくらいだから。


「そこで、カレスのおじさんに聞いたんです」

「何でも、そのお店は公爵家が運営する店なのだと。もしかすると、公爵家の人に相談をすれば力になってくれるのでは、と」

「成る程、カレスの紹介でここに来たのですね」


 カレスさんは、薬草がどうやって作れるか知ってる。

 だから、ここに来れば全ての薬草が揃うとは言わないまでも、ある程度は……と考えたのかもしれないな。

 ライラさんは、前もって用件を軽く聞いておいたのだろう。

 だから、俺にも関係するって言ってたんだな。


「どうか、どうかお力添えを……!」

「お願いします!」


 ハンネスさんと、ロザリーちゃんは揃って立ち上がり、クレアさんに頭を下げる。

 クレアさんはそれを見ながら考えている。


「タクミさん、少し良いですか?」

「はい」

「ハンネス、ロザリー、少し待っていて下さいね」


 ハンネスさん達を待たせて、クレアさんは俺に小声で相談を持ち掛ける。



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