第129話 孤児院には疫病が蔓延していました



「悪質な店に関する対処はひとまず置いておきましょう。まずは孤児院の人達ですな」

「そうね。……タクミさん、薬草をお願い出来ますか?」

「わかりました」

「……その方は……それに、そのウルフは……?」


 クレアさんにお願いされて、俺の出番が来たようだ。

 悪質な薬じゃなく、俺なら『雑草栽培』でちゃんとした物が作れるからな。

 アンナさんの方は、俺とレオを見て首を傾げてるが、そう言えばまだお互いの紹介をしてなかったな。


「タクミさんは優秀な薬師なの。こちらのレオ様はシルバーフェンリルよ。……怖がらなくても良いわ、レオ様が人を襲う事はないから」

「……そ、そうなのですか……? ……ええと、タクミ様。私はこの孤児院を任されているアンナと申します」

「よろしくお願いします」


 クレアさんの紹介に、お互い礼をする。

 アンナさんと隣にいる女性はレオに驚いているようだが、クレアさんの言葉を信じたのかそんな恐れる雰囲気は無かった。

 しかしクレアさん……俺は薬師じゃないんだけど……。


「タクミ様、『雑草栽培』の事を隠すためですよ。薬師としておけば、薬草を持っていてもおかしくありませんからね」

「……そうですか」


 薬師と言われた事に俺が引っかかったと察したのか、セバスチャンさんが小さな声で教えてくれた。

 俺が『雑草栽培』というギフトが使える事は、出来るだけ隠しておく方針らしい。

 知ってる人を減らす事で、俺の事が広まって変な輩が狙って来るのを防ぐためなんだろうと思う。


「タクミさん、早速ですが……」

「あぁ、その前に疫病の状態を見せてもらえますか? そうしないと、どの薬草が効くのかわかりませんから」

「そうですな。薬草の知識は私もありますので、助言も出来ると思います」

「……ですが……もしクレアお嬢様達が病に罹ったら……」


 病の状態次第で、効果の出る薬草を判断しなきゃいけないからな。

 セバスチャンさんも一緒にいてくれれば、薬草の情報を教えてもらって、すぐに栽培する事が出来ると思う。

 アンナさんはやはり、クレアさん達に病気がうつる事を心配してるみたいだ。


「これはひどいわね……」

「……そうですな」


 アンナさんの心配をよそに、俺達は孤児院に入った。

 渋るアンナさんに無理矢理お願いした形だ。

 レオを始めティルラちゃんとシェリー、ヨハンナさんは建物の外で待機だ。

 子供であるティルラちゃんにうつってもいけないし、当然レオが建物内に入れるスペースは無いためだ。

 護衛のためにヨハンナさんもついておく事になり、ティルラちゃんが退屈しないようにシェリーも一緒だ。


「この症状は……」

「タクミさん、何かわかりましたか?」


 最初に案内された場所は子供部屋。

 2~3人の共用部屋なんだろう、そこにあるベッドの上で苦しそうな表情の子供が横になっている。 

 俺は病気に関して詳しいわけじゃない……だけど、子供達の様子からは何度か見た事のある光景だと思えた。

 熱があるようで顔は赤い……時折苦しそうに激しい咳をしている……。

 ……もしかしてこれって風邪か……?


「どうですか、セバスチャンさん?」 


 素人判断は危ないため、俺はセバスチャンさんにも意見を聞いてみる事にする。

 この世界に風邪というものがあるのか知らないが、この症状は俺がよく知ってる風邪の症状に見える。

 俺の言葉を受けて、セバスチャンさんは部屋の中を見渡しながら、子供の一人に近付いた。


「失礼しますよ」


 それぞれの子供達の口の中を見て見たり、おでこに手を当てて熱を測ったりしている。


「そうですな……これはおそらくティルラお嬢様と同じ病かと思われます」

「ティルラと……」


 子供達が苦しんでる様子に、心を痛めてるのか、沈痛な面持ちで俺とセバスチャンを見ていたクレアさんが呟く。

 ティルラちゃんも、最初にクレアさんと出会った時は病に罹ってたんだったな。

 熱が出て下がらないとは聞いていたが、それと同じ症状なのか……。

 風邪は場合によって症状が違う事があるが、今回は同じ症状で同じ病というのがセバスチャンさんの出した結論だ。


「風邪か……この世界にもあったんだな」

「風邪? タクミ様、この病の事を知っているのですか?」

「以前いた世界では、よくある病として皆が知ってる事でしたよ」


 風邪は誰でも罹った事がある病の一つだろう。

 甘く見ちゃいけない病だが、手軽に薬が手に入る事もあるし、寝てれば治るという人もいる。

 一般的な病と言っていいんだろうな。


「タクミ様、ティルラお嬢様と同じ症状で、同じ病だと思われますので……」

「ラモギですね」

「はい」


 セバスチャンさんは医者じゃないが、ティルラちゃんを近くで看病していた人なので、同じ症状だと判断したんだろう。

 ティルラちゃんは、ラモギの薬を飲んですぐ元気になっていたから、これなら皆すぐに元気にする事が出来る。

 ラモギなら何度も栽培した事があるしな。

 しかし……ラモギとは縁があるなぁ。


「アンナ、庭に出るわ。貴方達はここにいて、皆を見ていてあげて」

「わかりました」


 俺とセバスチャンさんの話を聞いていたクレアさんが、アンナさんに声を掛け俺達は三人で孤児院の庭に出た。

 アンナさんや他の人を連れて来なかったのは、俺の『雑草栽培』を見せないためだろうと思う。


「よろしくお願いします、タクミさん。薬草販売とは別の事ですが……」

「子供達を助けたいと思うのは俺も同じですからね。大丈夫ですよ」

「タクミ様、報酬の方はまた屋敷に戻った時に……」


 孤児院の子供達が苦しんでるんだ、俺が助けられるのであれば力になってあげたい。

 そんな考えでクレアさんに返事をしたんだが、セバスチャンさんは報酬を用意してくれると言う。

 ボランティア的な感覚だったから、別に良いんだけどなぁ……。


「あ、『雑草栽培』を使う前に、セバスチャンさん。孤児院は全部で何人いますか?」

「確か、大人と子供を合わせて31人だったと記憶しています」


 31人か……それと今日ここに来た皆も合わせて……予備も含めて40個程で良いか。


「それじゃ、行きます」

「お願いします、タクミさん」


 クレアさん達に声を掛け、地面にしゃがみこんで手を付く。

 栽培し慣れたラモギの、形や効果を思い浮かべながら『雑草栽培』を使った。



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