第121話 レオに並ぶ列整理をしました



「ちょっとレオの所に行って来ます」

「はい、お願いします。……こらー! ちゃんと並びなさい!」


 カレスさんに声を掛けて、レオの所へ移動する。

 並んでる順番を守らず、レオの所に走り出そうとした子供を止めるカレスさんは忙しそうだな。

 レオは俺が近づいて来るのを見て嬉しそうな表情だ……尻尾も緩やかに揺れてるな。

 どうしようか困っていたレオに近付いて体を撫でる。


「レオ、ちゃんとおとなしくしてたようで偉かったな」

「ワフ」


 体を撫でながらレオに声を掛ける。

 レオの方は、子供達を驚かせないようにという気づかいなのか、小さく鳴いた。

 さて、この混乱をどうするかだが……そうだな……。


「レオ、一度大きく吠えてくれないか?」

「ワフ?」


 レオは、子供達に触られながらも良いの? と聞いて来るように一鳴き。


「ああ。大丈夫。その後は俺が何とかするから」

「ワフ」


 安心させるように話すと、レオは小さく鳴いて頷く。

 頷いた後、大きく息を吸い込んだ。


「……ガウ!」


 レオが大きく吠える。

 その声を聞いて、辺りは静まり返った。

 思ったより大きく吠えたレオの声で、近くにいた俺は耳がキーンと鳴っているのを我慢しながら、周りを見渡す。

 薬草を販売していた店員さん達、カレスさんも、レオに群がる子供を見ていた大人達も……もちろん子供達もその動きを止めて、レオに注目している。

 皆が動きを止めてる今がチャンスだ。


「えー、まずはこのシルバーフェンリルから離れて下さい。親御さん達は、子供を連れて離れて下さい!」


 俺もレオに負けじと大きな声を出して、周りに響かせる。

 ……レオ程の大きな声は出なかったけどな。

 でも静かになっていたおかげで、充分皆に聞こえたみたいだ。


「このシルバーフェンリルは、レオと言う名前です! レオに触れてみたい人は、このカレスさんの元に並んで下さい! 順番に可愛がってやって下さい!」


 俺の言葉に押されて、子供達がレオから離れて行く。

 それと一緒に、親達も子供達を連れて離れる。

 それらを見ながら、俺はもう一度皆に聞こえるように声を張り上げた。

 よしよし、これならもう大丈夫そうだ。


「カレスさん、お願いします」

「……はっ……わかりました。……シルバーフェンリルに触れてみたい方はこちらに並んで下さい! 順番、順番ですよー! 子供を持つ親御さんはには、病や怪我に効く薬草も売っています。そちらはテーブルにいる店員の方へ!」


 カレスさんに声を掛け、皆に並んでもらえるよう誘導してもらう。

 ……ちゃっかり薬草の宣伝もするあたり、カレスさんは立派な商売人なのかもな。


「ようこそ、レオに触れる時は優しくね。怖くないからねー」

「抱き着いても良いですか?」

「良いよ。但し、ゆっくりとね。いきなりだと驚いてしまうからね。お嬢ちゃんも、いきなり知らない人に抱き着かれたら驚くだろう?」

「はい!」


 カレスさんの所にならんで、順番に来る子供達にゆっくりレオを触るように誘導する。

 大勢に群がられていた時と違って、数人くらいならレオは大丈夫そうだ。

 その後もしばらく……何時間経ったのか忘れるくらい忙しなく、子供を誘導し続けた。

 どこから集まって来るのか、子供達が途切れることは無い。

 たまに子供に紛れてレオを触りに来る大人もいたが、ちゃんとレオに気遣ってくれるなら、子供じゃなくても大丈夫だ。


「おうおうおう! こんなとこで商売して、景気が良い事だなぁ!」


 子供達を相手にしてそろそろ声が枯れ始めた頃、薬草を売ってるテーブルの方から大きな声が上がった。


「……何だ?」

「ワフ?」


 その声に子供達や俺も、レオまでも動きを止めて声のした方を注目する。


「おらぁ!」


 大きな叫び声と共に、何かが壊れる音。

 その音に反応して飛び出そうとしたレオを止めながら、人の隙間から音のした方を見る。

 そこには、薬草が置かれて販売するためのテーブルが二つに折れて壊れた残骸があった。

 幸いにも、薬草はカレスさんの手腕でほとんどが売れていたため、地面に散らばった薬草は少ない。

 ……しかし、能力のおかげとは言え、自分が作った薬草が地面に散らばってるのは少々辛いな……。


「お客様、何をなさるんですか!?」

「あぁ!? 俺は客じゃねぇよ! 暴れて欲しく無かったら、ここで商売した売り上げをよこしな!」


 カレスさんが対処しようとしたが、男の声は鎮まる事は無い。

 それどころか、内容を聞く限りもっと暴れると脅して金をせしめようという事みたいだな。


「レオ、ちょっとここで待っててくれ。お前が暴れると大変な事になるからな」

「ワフ?」


 レオは俺の言葉に、軽く済ませるよと言うように鳴いたが、俺は動かないよう言い聞かせて人の隙間から声のする場所へ進み出た。

 人が遠巻きに騒動の中心を見ている中、進み出て人に遮られていた視界が開けると、声を上げて暴れていた男の姿が見えた。


「またお前か……捕まったんじゃないのか?」


 俺の言葉にこちらを向く男。

 その男は以前、この街へ買い物に来ていた俺達に絡んできた男の一人だった。

 あの時、衛兵に捕まって連れて行かれたはずなんだけどな……この世界……この国ではあれくらいならすぐ釈放されるのか?

 髪はモヒカン、棘の生えた肩甲に、鋲の打ってあるレザーアーマー、さらに手にはスパイク付きのグローブと、相変わらず世紀末的な恰好をしてるな。


「あぁ? なんだてめぇは?」


 男の方は俺の事を覚えていないらしい。

 まぁ、レオが対処した事だし、クレアさんのような美人ならまだしも、前に出て無かった俺を覚えて無くても仕方ないか。


「以前、俺達に絡んで衛兵に捕まったんじゃなかったのか?」

「お前……あの時の奴か!」


 俺の言葉でようやく思い出した男は、標的を見付けたとばかりに、グローブのスパイクを俺に向ける。

 その手には小さいナイフを持っている。

 それでさっきテーブルを叩きつけたのか……。


「今日はあのフェンリルはいないようだな……雑魚がしゃしゃり出て来やがって」

「はぁ……もう一回捕まえないといけないようだ」


 男は、レオがいない事を確認すると俺を雑魚だと思ったのか、余裕の表情で構える。



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